ロンドンの、船上の鍼灸師の日記

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと。色々綴っていこうと思います。ウェブサイトはこちら。https://www.junjapaneseacupunctureandshiatsuclinic.com/

三菱重工をやめて、鍼灸師になって、クルーズで働いて、ロンドンで働けたことをどう考えよう。その2

その1の続きです。

 http://acupuncturistontheship.hatenablog.com/entry/2019/03/08/032931

 

前の記事を見ると、時々同じことを考えてるなと思います。自分をやっぱり運命論者だと思ってるんだろうな。。。

で、運命論者ってどういう意味だろうと思ったら、運命論者という言葉はなく、国木田独歩氏の作った小説があるだけなんですね。

しかも青空文庫でタダで読める。

これは読むしかない。

 

https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/336_15957.html

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/宿命論

 

まあ興味があれば、続き読んでみてください。

 

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僕の場合だと、

1) 三菱重工時代に全く上司との関係がうまくいかなかった→初めて鍼灸を受け感銘を受けることができた。関係が全くよくなかったから会社をやめる決断ができた。(会社自体は残業代も出るし、休みもあったり、ぬるい(?)会社だったので辞める理由はなかったと思っています。)

 

2) 会社のあった地域が父親の先祖が住む土地だった→スピリチュアルな話になるかもしれませんが、父親の家系は医者の家系だったらしく、僕の父型の親戚筋には誰も医療系の人はいないのに、なぜか僕と弟はその業界の職についた。この仕事は先祖に導かれた気がずっとしています。

 

3) 勤めていた鍼灸院の院長と揉めて辞めざるを得なくなった→ずっとこのまま勤めて日本で開業なんてことも考えていたのですが、辞めた時に「ここで海外に行く機会がなければ、次はもう一生来ない。」と不意に思い海外へ行く手段を探す。

 

4) 船を降りる決断をした時に、イギリスでビザを出してくれる会社を見つけた→ずっとネットを探しててようやく見つけたサイトのしかもほんの片隅にそういうことをちょろっと書いてある記事を見つけ一か八かで応募したら面接まで行って受かった。今振り返ると、このタイミングでイギリスに来ていなかったら働けなかったし、日本に帰国して2日後に僕の住む神戸へ行く用事があるから面接を受けるかと言われて首を縦に振らなければ、全てが遅れて、うまくいってなかったと思う。

 

5) 奥さんを見つけた→初めて出会って2週間ほどで付き合い出し3ヶ月後に同棲、7か月後に結婚とお互いびっくりするぐらいの展開でここまで至った。彼女が永住権を持っていたため、イギリスでずっと住むことになる。

 

この1ー5がこの10年でのターニングポイントになりました。たまたま起きただけなのか、何かが引き起こしただけなのか。正直わかりません。

 

人は自分の人生を肯定したがるものだし、過去の点と点を線にして今の「私」を確認したがるものだと思っています。

それは正しいけど、正しくない。良いことを解釈する時にはいいけど悪いことを解釈する、特に生まれた環境(例:暴力を振るう親の元に生まれた)をどう解釈すればいいのかがわからないからです。

それでもなお意味があって生まれたと人は言うのかもしれませんが、僕がその立場だったら、そんな運命の元で生まれたくありません。

色んな患者さんの過去の話を聞いていると、本当にそう思います。

 

波乱万丈な人生を送っている患者さんが「自分の人生のバイオロリズムが底まで来て初めて人は足を地面につくことができて上に上がれるんだ。」と言っていました。

確かにターニングポイントを見返すと1と3が底で鍼灸師になったり海外で働いたりと大きく人生が変わったなということに気づかされます。

 

次にいつ底が来るんだろう。もう来ないのか、それともまた来て這い上がるのか。

毎回自分が成長できていれば違う井戸に落ちて、違う底になれそうですが、成長できてなければ同じ底に着くように思うな。

 

まずは奥さんへの小言をやめよう。。。

 

 

運良くイギリスに残れた患者さんが言っていました。「おこがましいと思われるだろうけど、日本に戻らなければならなかった人の分も働いていたい。」

 

僕も心のどこかにそのことを刻んでおきたいなと思っています。

 

 

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三菱重工をやめて、鍼灸師になって、クルーズで働いて、ロンドンで働けたことをどう考えよう。その1

昔はとても簡単だったそうですが、今はとても難しくなった、イギリスで働くということ。

 

僕は2012年にクルーズ船で働き始めましたが、その時28歳。海外で働いてみたいということでイギリスのワーホリに申し込んだもののあえなく落選したので(イギリスは他の国と違ってワーホリは抽選なのです汗)、他に選択肢がなかったためクルーズ船で働くことにしました。

そこで3年間働き、次はもういいかなーと思って色々仕事を探し始めました。ちなみに、もう30歳を超えていたので、ワーホリは申し込めません。

 

友人に聞いたり、ネットで検索したりなどあらゆる方法で検索していたところ、偶然に仕事先を見つけロンドンへ移住することになりました。そして、こちらに長く住む日本人の人と知り合い、結婚してロンドンに住むことになる。

 

ざっとまとめると、大学を出るまで海外になんとなく出たいなぁぐらいしか思っていなかったのに三菱重工をやめて鍼灸師になってクルーズ船で働き、ロンドンで定住することになる。20歳中頃からの10年間が怒涛すぎてよくわかりません。

何となく流れに乗っていたらここまで僕は来たわけですが、どれだけイギリスに滞在したいと思っても滞在できずに日本に戻る人がいたり、別にイギリスに滞在したいわけじゃないけどなんとなく滞在している人もいたりします。「本当に運がいいね。」ととても贔屓にしていただいている患者さんには言われますし、自分でもそう思います。

 

 

こういうことをどう解釈すれないいのでしょうか。

僕は今までオノ・ヨーコさんの作品である”War is over, if you want”のようなものだと考えています。つまり、本当の本当に望めば、それは叶うんだと。

もちろん海外で働くことって簡単じゃないし、「海外で働く」というのは何かを言っているようで言っていない。つまり「和食を食べたい。」と海外に住む外国人が言ってるようなものだと思います。

(でもそれは進撃の巨人で「海を見たい」とアルミンが言うように、僕らの心をときめかせざわつかせますよね。)

 

でもこうも思います。本当の本当に望めば全員が全員プロ野球選手に慣れるのか。そんなこともありません。

プロ野球選手になること」と「海外で働く」こととに違いはあるのか。僕は本質的に違いはないと思ってて、準備と一瞬の判断なんじゃないかなと思っています。

準備に必要な量、質は違えど、何事も準備を重ねていれば、自分が望む風が吹いた時にその風に乗れるのではないでしょうか。

 

振り返ればという話になってしまいますが、ここに至るまでには色々なドミノの牌があってそれが、今ある方向に倒れてきたように思います。

 

続きは長くなったので次回に。

 

 

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メモ。どうして、右、左、腰、首に痛みが出るのかの試案と私案。

お題「マイブーム」

左右差というのが最近気になっています。

 

どうして右が痛い人もいれば左が痛い人もいるのだろう。手が痛い人もいれば足が、肩が腰が痛くなる人がいるのだろうか。

 

それがわかれば苦労しません汗

でも、原因があるはずです。

 今回はノープランの手探りで左右差について考えてみようと思います。

まず、身体の左右差について僕が知っている情報。

 

1)右半身は交感神経支配、左半身は副交感神経支配

2)右脳は直感、空間認識などを司る、左脳は言語、論理的思考を司る

3)肝臓は右半身に主に鎮座し、心臓は真ん中から左。S状結腸は左から始まり、最後は真ん中で終わる。脾臓は左。

4)肝臓、心臓の影響で肺や腎臓は形や位置が左右で違う。

5)リンパの流れ。右上半身は右リンパ本幹に流れ込み、右静脈角(右内頸静脈と右鎖骨下静脈へ流れ込む)それ以外は胸管へ流れ込み左静脈角へ流れ込む。

 6)左腎静脈は腹大動脈をまたぐ

 

まだまだあるのかもしれません。でも、パッと思いついたのはこれぐらい。

ここで書いてて面白いことに気づいたのですが、臓器の中で脾臓だけが明確に左に位置している。(他は中心または反対側に存在したり、位置したりしている)

 

また、

一方で、上記5)で書いたリンパ液の流れも動脈静脈に比べて左右差があることとも絡むが、脾臓はリンパ球を多量に蓄え、体内で最大のリンパ器官と言える。

脾臓の概要 - 13. 血液の病気 - MSDマニュアル家庭版

脾臓の病気|東京慈恵会医科大学 肝胆膵外科

 

つまり、左右上下で痛みが出やすい原因の一つを体の構造から求めるなら、一つの原因は動脈静脈よりもリンパの流れの問題と言えるのではないだろうか。(特に右肩と右腕)

 

そもそもどうして体の臓器に左右差が生じるのだろうかとインターネットで色々検索してみたら、面白いものがいくつか出てきた。

臓器の左右の配置と形を決める遺伝子〜日経サイエンス2006年6月号より | 日経サイエンス

https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/34/sc34-3.pdf

 

僕らの胚の中で「ノード」と呼ばれる組織の中にある繊毛が回転運動をし、それによって生じる水流(ノード流)というものが左右対称性を破るきっかけとなるらしい。

ちなみに、上のサイトにあったけど、その遺伝子を操作することで左右の後腸(人の大腸小腸に該当)の位置が逆転したハエを作ることに成功したとのこと。

 

それ自体にどういう意味が生じてくるのか、正直僕にはわかりませんが、このノード及びノード流が形成するものが脾臓とリンパ液の流れとどうにか関わってくるのかな。調べてみてもわかりませんでした。

 

どうして、人は局所的に痛みが出てくるのだろう。

ひとまずリンパ液に着目して、施術を考えてみたいと思います。

 

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自分の施術の特徴の考察 〜関節の詰まりと隙間を見つける〜

ご贔屓にしていただいている患者さんから僕の施術の特徴をうまく表現していただきました。

 

「先生は関節の隙間を見つけて施術するのが得意ですね。」

 

自分の施術の強みって何なんだろうとずっと考えていました。

人より強く揉むことに抵抗はない(強く揉むのが嫌いという人もいれば、強い刺激に対する拒否感など色々なセラピストがいます)し、人より強い刺激を入れられるとは思っています。

でもそれって本当に強みと言えるのかとも思いますし、患者さんの身体の反応から強い刺激を入れているだけであって、何でもかんでも強く刺激したいわけではありません。

 

個人的には誰よりも強い刺激と誰よりも弱い刺激ができる施術家になりたいと思っています。

 

「骨盤矯正」や「美顔鍼」など短く表現できる自分の施術の特徴がないことに戸惑いがあったのですが、今回指摘してもらった言葉に自信を持って「関節の隙間」を見つけるのが得意だと言っていけるように頑張りたいです。

 

「関節の隙間」って何なのかも改めて考えておきたいと思います。関節は骨と骨をつなぐ場所で、ドアでいう蝶番に当たるところです。

 

マッサージといえば筋肉をほぐすもので、酸素不足によって硬くなった筋肉に対し刺激を加えることで酸素ないし栄養を与え柔らかくするというイメージを持たれると思います。

僕の施術はマッサージを通して筋肉を柔らかくしますが、それとは別に動きの中で生じる不具合にも重点を置いています。

「動き」というのは「骨が筋肉や種々の膜によって動かされ、関節を通して力が体幹から抹消へ、また、末梢から体幹へ伝わっていく様子」をいいます。

関節には理想とされる動きがありますが、重力や食べ物、日常の動作などで固まってしまい、クセができて関節に偏り、強張りができます。

それは単純に筋肉をほぐすことで解消される部分もありますが、一方で、関節を動かすことでしか現れない筋肉の表情というのがあります。

 

骨も関節も筋肉も三次元で構成されており、立体です。

当たり前の話に思われるかもしれませんが、案外見落とされな部分であり、関節を動かすことでしか表出しない筋肉の硬さが存在し、それは動かさなければ感知できません。

 

関節の隙間に焦点を置く施術は他にもあります。関節のアライメントを調整するカイロプラクティックだってそういう施術と言えるかもしれません。(間違っていたら申し訳ありません。)

でも、マッサージや鍼をを起点としてそこに焦点を当てているのが僕の施術であり、だから患者さんに冒頭に書いた言葉をいただいたんだと考えています。

 

まだ考えが断片的だし他にも自分の特徴ってありそうなのですが、思いつきません。

とりあえずここで筆を置こうと思います。

 

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気管支喘息に手首のツボが効く!という考察

 

 

この症状にこのツボが効きます!

という謳い文句を、仕事柄よく耳にするというか、どうしても治療業界、しかも鍼の業界に携わっているとピックアップしてしまいます。

 

どの業界でもよく使われる言葉なんてのがあり、IT業界にいる人は違う謳い文句をよく耳にするんだと思います。

鍼灸の学生だった時や資格取り立ての時には僕もよくそれを参考にして施術していました。

 

ところが、年数を経て患者さんを診ていくようになると、この症状ならこれが効くはず!と思っているものが全く効かずに焦る。。。というシチュエーションは誰にでもあります。(逆になかったらすごい!)それでまた試行錯誤が続き、少しずつ施術家としての幹が太くなるというのが、施術家の現実でしょう。

 

船で働いていた時は持ってきた本も限られていたし、ネットの環境も限られていたので、自分で試行錯誤するしかありませんでした。

そういう中で考えていったのが「どうして気管支喘息に手首のツボが効くのか。」また、「どういう時に手首のツボは気管支喘息に効くのか。」ということです。

 

手足など末端にあるツボが首や肩、腰などの体幹にどうして効くのか。

全部とは言いませんがその理屈の大半は連動という概念で説明できると考えています。連動→連なって動く。(その全てのベースは呼吸と歩行だと個人的には考えています。)

末端と体幹が関係を持ちながら動きは成立し、末端は体幹体幹は末端へと力が伝わります。

つまり、手を振って前へ出ると、その力は前腕→上腕→鎖骨を経て体幹に伝わる。(上腕から胸郭というルートもあり。)

例えばスマホやパソコンのし過ぎで指の筋肉を使いすぎ、手首が内に捻られていたら、その内に捻られている力が鎖骨へ行き、体幹、特に上位肋骨へ伝わる。

肋骨が硬くなるということは、肺の動きも制限されてうまく呼吸ができなくなります。すると、元からアレルギー体質である身体であれば、喘息を引き起こしてしまうかもしれない。(アレルギー体質にならないように気をつけていれば喘息にはならずただの肩こりで終わるかもしれません。)

 

じゃあ全ての喘息に手首のツボが効くのかといえばそうではなく、「手首を内に捻る筋肉が硬くなり、上位肋骨の動きが悪い場合」に限るのではないでしょうか。

(それ以外でも条件しだいでは手首のツボが効くケースもありますが、それは手首と肋骨との別のつながりを説明しないといけないので今回は省略。)

 

これは勿論僕の考察であり、異論を唱える人もいるでしょう。でも、この症状にこれが効くと覚えるより、このツボはなぜこれが効くのかを考える方がどう考えても合理的だし、応用が効きます。

そうすることで、臨床で焦らなくてもいいように僕はなっていきました笑笑

 

これっていつも思うのですが、歴史の学習に似ているなと思います。ただただ人物名を覚えるだけじゃなくて、どうしてこの人物がこの時に出てきたんだろうというように。また、ソニーパナソニックが昔は白物家電を席巻していたのに、アップルがなぜ今世界中のシェアを伸ばせたのかを考えるように。

 

ツボの意味を考えることは世界の成り立ちの意味を考えるんじゃないか!

なんてたいそうなことを考える今日この頃です。

 

 

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自分の感覚と客観視と

文章っていろいろな書き方があると思うんですが、最近気になったのが、自分の感覚を伝えるか、状況を客観視して伝えるかということです。

 

例えば怪我をして血が出たときに、
自分の感覚で書けば「道端で転んで怪我をした。膝からどろどろとした赤いものが流れてきた。」となるのに対し、客観的に書くと「道端で転んで怪我をした。膝をすりむいて血が出てきた」となる。

 

その後、歩いていて痛みを感じたときに、
「歩くと血が出たところから、いなずまのようなものが走り、膝から下が自分のものじゃないような気がする」
「歩くたびに転んだ箇所に痛みが走り、自分の体重をのせられなかった」

と書き分けられたりする。

 

ある女優さんのエッセーを読んでいるときに、この人の文章なんか素敵だなーと思っていて、どうして素敵なのかと考えたところ、一番はじめに書いたことに思い当たったわけです。

僕は堅い文章を書く人間で、例だと後者の書き方をブログでも日常生活でもしてきました。ちなみにその女優さんは前者のような書き方をされてるように感じています。

前者のような書き方を真似てみたときに感じたのが、「言葉は呪文だ」ということ。「どろどろとした赤いもの」ってもちろん「血」のことなんですが、「血」が誰にとっても同じように「血」であることは、客観的に伝えるという意味では正しいと思うのです。
でもその「血」ってどういう感じ、感覚なのかを考えると、人によって違ってきます。状況によってももちろん。そうなら「血」は「血」であるようで「血」じゃなくなる。

 

だから、その転んだときの「血」を「血」というただの記号で伝えないその時の「私の血」を文章として書くために、「血」ということばを使わずに血を表現する。
その時に、文章は書いた人独自の個性を持つんだろうし、小説家というのはその文章を紡いで物語を書く人のことなんじゃないでしょうか。

文章を書いて自分の独自の感覚を伝えるってすごく難しいなぁと改めて思います。

 

施術家でも、理論的に考えて身体をみる人と感覚を大事にして身体をみる人とにわかれる気がします。

僕はどうなんだろう。。。と考えたのですが、理論的に考えていそうで、最後は感覚を大事にしているなと思います。

 

カイロプラクターは背骨の骨の何番がどう傾いているかを分析して調整します。そこはとても理論的で、細かいところまで見る必要もあります。

僕はそれに挑戦しようと何度もしましたが、全然できない。ある程度のイメージを理論的に見ますが、そこまで精密にみる時間も集中力ももてません。。。

全体を触ってイメージを持って得た違和感からアプローチしていっています。

 

どっちが正しいのかはわかりませんし答えはありませんが、自分は全体のイメージから絞っていくやり方の方が性に合っている気がします。

精密さはもてていませんし、持つ努力はしていますが、どうしてもできないので自分に合うと感じるやり方で精緻さを持てないかなと今は考えています。

 

師匠に怒られる気もしますが、まあ仕方ないと諦めて頑張ります。

 

自分にもっと素直に。文章も自分の感覚を磨いて書いていこうかな。

 

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「身体が弱い」の考察。横隔膜と肝臓、胃、食道がどう繋がっているんだろう。

お題「マイブーム」

 

施術家にとって施術を考えるのは、マイブームという名のライフワークですが、前回に続いてお腹について考えます。

 

横隔膜の動きを撮影した動画があります。

www.youtube.com

 

これを見ると、吐く動き、つまり、横隔膜が縮まる(=上に上がる)動きは活動的に見えます。その一方、吸う動き、つまり、横隔膜が緩み下に拡がる動きはほとんど見られません。(付いている胸郭の底部より下にはほとんど下がりません。)

普段意識して呼吸をしてみると、少なくとも私にとっては横隔膜が胸郭より下に下がって大きく吸えてるなぁと勝手に思っていましたが、実際身体に起こっている動きは私たちが勝手に想像している動きとは全然違うことがよくわかります。

 

身体が弱っている高齢者や、そうでなくても体調が優れなかったり、元々身体が弱い人で胸郭と臓器とが離れているなと思う人がいます。胸郭の底部つまり、横隔膜がつくところがくっきりと浮き出ている方です。

どうしてこの方は身体が弱いのかなと考えていたのですが、この呼吸の動画を見て思いついたのが、吸う時に胸郭・横隔膜が密接に接続する胃・肝臓・食道をうまく押せないからだと思うのです。

 

オステオパシーという治療法にヴィセラルマニュピレーションというテクニックがあり、これは内臓が持つ独自の動きを回復させようとするものがあります。

例えば肝臓と胃の間には肝胃間膜というものがあり、この膜が何らかの理由で硬くなってしまうと、肝臓と胃はそれに邪魔されて独自の動きができません。この膜をセラピストの手で緩めて、独自の動きを回復させるわけです。

セラピストの圧でもって膜の圧・抵抗を感知し、その膜の硬さをとるわけですが、よく考えると呼吸という動作が胸郭と腹部臓器の隔たりとなっている膜を仕切りとして上と下が押し競饅頭のように押し合いっこしているわけです。

ところが、上記の方のように肋骨が浮き出ているとような方だと、横隔膜が胃や肝臓を押そうと思っても、うまく押せません。

つまり、硬くなってしまった肝胃間膜を横隔膜で押して緩めることが出来ないわけで、自分で自分の身体に対してヴィセラルマニュピレーションができないということになります。

それは自分で自分を治療する力が弱い→免疫力が弱いということになり、一般的に言われる「身体が弱い」人になります。

 

一方その逆もあり、特に今のような忘年会シーズンに多いのですが、食べ過ぎ飲み過ぎで、胃や肝臓が横隔膜を押し上げてしまい、胸郭にストレスがかかって肩がこる人。

食べ過ぎ飲み過ぎの方の肩こりというのは、独特の硬さがあり、初めにうつぶせで肩を触った時になんとなくわかります。

これはまさしく、押し競饅頭で腹部臓器の圧が勝り、上に圧を押し上げた結果といっていいでしょう。重力にも勝るわけですから、相当な圧であることは間違いありません。

 

お互い気をつけましょう。

 

呼吸の動画を見て抱いた違和感を実はこの1ヶ月ぼんやり考えていたのですが、今回ブログにするにあたってかなりクリアになりました。

文章にするというのはやっぱりいいもんですね。

 

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