ロンドンの、船上の鍼灸師の日記

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと。色々綴っていこうと思います。ウェブサイトはこちら。https://www.junjapaneseacupunctureandshiatsuclinic.com/

30を過ぎると自分の人生は見えてくるのか。その2

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以前ブログに書きましたが、船から降りて同世代の友人と日本で久しぶりに会った時に「彼らは大地に根がはり、住んでいる土地と繋がっている。」という印象を持ったと書きました。

 

前回書いたように、私は大学を卒業してからの10年強は何もかもが目まぐるしく変わり、今イギリスに向けて準備しています。

ちなみに、自分がまさかトラックの運転手をやるなんて、考えてもみていませんでした笑

 

振り返ってこの10年、自分の人生を不安に思うことは多々ありました。

1番の理由は、周りに手本・道標となる人がいないことです。自営業をされている両親の元で育った子供は、人とのやり取りがうまい。自営業をやっても成功しやすいなんて言われますが、それは両親という手本がいるからなのだと思います。

 

私も会社に入るまでは、日本人としていわゆる典型的な人生のコースを辿っていました。

でも「鍼灸師になる」とどういう因果か決めてから、急に周りに手本がいない人生に。

鍼灸整骨院でお世話になった先生のお師匠さんのところに週末だけ勉強させてもらい始めたのが、この世界を知る第一歩になりました。

もしその整骨院に縁あって通っていなかったら、今までの道は全てなかったんだなと思うと、不思議な縁を感じざるを得ません。

そして学校に入学後、もちろん、鍼灸の学校ではクラスメイトや務めたり勉強させてもらった先生がいたため、新たに参考となる生き方を知りました。

でも、船で働こうと決めたら、再び手本のない状態に汗

それもまた、船で働くために斡旋された英会話学校を通して紹介されたSNSのコミュニティで参考になる生き方を知りました。

 

そして今、イギリスへ。

船で働いていた鍼灸師の方は、その後海外で働いている方は(私の知る中では)ほとんどおらず、日本に戻って就職・開業という方が大半です。

海外で働き口を見つけるのは、船で働くよりも狭き門になるためです。あと、船で働く目的が「旅」であるなら、海外で働くことを視野に入れないのも当然かもしれません。

 

イギリスへ行けば、職場に日本から渡って働いておられる先輩方がおられるので、また私にとって手本になる生き方をされている方に出会うのでしょう。

 

ここまで振り返って、4度ぐらい自分の人生の方向を変えてきたわけですが、その度に、そういう生き方をされている人たちに出会ったなと思います。

生き方を変えようとすると、必ず不安が伴います。

それは言葉では言い難い不安です。

 

その不安が嫌だからこそ、人は大学を卒業して、ある会社に就職したら、基本的にはそこで働き続けようと思うのでしょう。

 

大学の友人に会った時、「10年社会人をやって、自分が会社でどれぐらいの地位にまでいけるかとかの将来の絵が描けるようになったわ。」と言っていました。

私はすごく寂しかったのですが、それが現実なのかもしれません。

 

30を過ぎれば自分の人生は見えてくるのか。

寂しいその諦めは良いものであり悪いものでもあります。

家庭をもって女性が専業主婦になるというのも1つの諦めであり、それはまた新しい覚悟とスタートであるのと同じように。

 

私は所帯のない身であるからこそ、このように身軽に動けるわけですし。

私は私の道を邁進していこうと思います。

30を過ぎると自分の人生は見えてくるのか。その1

 
 
先日、誕生日を迎えました。

その時に、もうほぼ時期も確定したため、SNS上で自分がイギリスへ行くことを伝えました。
実際あったり、個人的な話になった時は自分の今後を伝えていたのですが、知らない人も大勢いたためです。

書いた文章が以下のようなものでした。


思えば、大学を卒業してから10年ぐらい経ちました。
会社に入り、会社をやめ、鍼灸の道に進み、客船で働くという、色々会った10年間だったなと振り返って思います。

日本に帰ってきて10ヶ月強。
ご存知の方もいますが、もうほぼ確定なので言いますと、実は早くて12月からイギリスで鍼灸師もといセラピストとして働きます。

特に鍼灸の学校に入ってから、この不安定な未来に自分がやりたいと思うことをやりつつ、どうやったら生き残っていけるんだろうとずっと考えてきました。
イギリスに行く話をした時、何人かの友人から「夢が叶っていいね。」と言われましたが、夢というより、違う国にも拠点を構えたいというのは、現実を考えた先の「目標」でした。

24時間あれば、大抵の国や場所に行ける時代。
腕一本で勝負するなら、何カ国かで働けたらいいなと思っていました。(施術家としては、センスもないしまだまだですが。腕何本あれば足りるだろう。)

そんなことを考える中で、掴んだ客船での仕事。
船で現実を目の当たりにしましたが、同じことをしていても、給料がアメリカドルで貰えるか、フィリピンペソで貰えるかで、フィリピンでのフィリピン人の生活が変わるという事実は、私にとって衝撃でした。
日本だって、もしかしたら出稼ぎに行く時代が来るのかもしれない。私は勝手にそう思っています。


そして、今回掴んだイギリスへの道。
いつかは何カ国かを転々と巡りながら、縁がある方に治療を出来たらなぁ。そう遠くはない未来だと、妄想はひろがっています笑

来年、そして5年後、10年後にはどうなっているのか。
自分に嘘だけはつかず、精進していこう。

 

この先に書きたかったことをここでは書いてみようと思います。

続きは次回に。


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海外に住んでいる日本人が日本の良さを伝えたいという違和感3

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前回は気候が病を作ることについて考えを書きましたが、今こうしてグローバルにものや人、情報が行き交っていると、このグローバリズムもまた、ある種の気候的な要素を持っているのかなと思うときがあります。

 

最近は流行の移り変わりが早いなんて言われます。

その最たるものの1つが、芸人さんではないでしょうか。

記憶が定かではありませんが、私が子供の頃は「一発屋」の芸人さんはほとんどいなかったように思いますが、いつの頃からか毎年、流行のギャグが生まれ、いつの間にか消えていく。

流行の食べ物もそうかもしれません。ココナッツオイルが流行っていたのはいつの日か。

そのサイクルが借金の自転車操業のように、加速して行っている気がします。

 

私が高校生の時はルーズソックスが本当に流行った時期でしたが、あのブームもいつの間にか終わっていました。

大学生でそのことを振り返った時、流行やそれを扇動するマーケティングはある種の感染症だなと思っていました。

 

それは手塚治虫ブッダでも出てきたような、大量のイナゴがある村を襲ってすべてのものを食べ尽くす姿に似ているなと個人的には思っています。

 

でも、そういう感染症にさらされているからこそ、自分の選んできた人生は正しいはずだというカウンターの意識が出てくる。

だから、今回のテーマとして書いた「海外に住んでいる日本人が日本を非難する」ことに日本に住む日本人は違和感を覚えるのだと思います。

 

日本で名を馳せた日本人が、外国に住んで日本で働いています。

本木雅弘さんや葉加瀬太郎さん、渡辺謙さん。。。などなど、あの方々はどうしてに海外に住んでいるのか。

日本が活動の拠点なら、わざわざ住む必要はないんじゃないかと誰しもが思うはずです。

彼らが「日本が好き」と言うなら、どういう点が好きでなぜ外国に住むのか。

伺ってみたいものです。

 

私はイギリスへ行って何か価値観は変わるのか。

感じたことがあれば、またここで書きます。

海外に住んでいる日本人が日本の良さを伝えたいという違和感2

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東洋医学の考え方の1つに、「気候や風土が病を作り出す」というものがあります。

例えば、湿度の高い地域では湿邪というものが関係した病がおき、寒い地域では寒邪が人の病を作るといったもの。

なんとなく想像できるのではないでしょうか。

 

私はその考えの延長として、「気候や風土が国民性を作り出す」と思っています。

寒い地域と暖かい地域で住んでる人の気質が違っている一例として、東北や北海道に住む人と沖縄に住む人との気質の違いでわかるかと思います。

 

であるなら、日本に馴染めないのは日本の気候や風土に馴染めないからだと言えないでしょうか。

特に島国であり、近年まで日本の島々の民族以外から侵略されてきた経験のない歴史を持ってきた地域はやはり他とは違う国民性を有しているのではないかと思っています。

 

日本が嫌いな日本人だっていてもいいと思うんです。日本が好きな外国人と真逆なわけですし。

 

ただ、お互いがお互いの人生にプライド(=自分で今の人生を選択してきた)を持ち、そのプライドを否定されたように思うことがポイントなんじゃないかなと思います。

 

海外で働く日本人の知人が、「私は日本が好きだが、欧米の文化・考え方が入ってきている今の日本が好きではない。」というようなことを言っていました。

 

欧米の文化や考え方って何なんだろうと考えることがあります。

どの国もそうかもしれませんが、ある文化が違う地域から流入してきたときに、咀嚼してその国に合わせた文化に変わり馴染んでいきます。

 

例えば、中国から来た漢字。

そのまま中国語として日本でも採用すればいいものを、ひらがなやカタカナを用いつつ、漢字も用いるという変化を遂げたと学校で学んだ記憶があります。

 

そうであるなら、欧米の文化だって日本流に吸収されて採用されているのでしょう。

ただ、ここまでグローバルになり、世界が均質化していくと、吸収する前に、文化を押し付けられているのではないかと思います。

 

私はその最たるものが消費主義、特に大きな資本がその資本をさらに拡大させるためにとるマーケティング戦略面、消費戦略だと思っています。

 

昨今、SNSで「いいね」が欲しいがために、見た目重視の料理が流行っていると見聞きしました。

そこには吸収し考え、咀嚼していくという人間の文化のプロセスを無視し、マーケティングで人間の思考を分析し、ただ消費させていくという構図が浮かび上がってきます。

 

こうは書いている私ですが、きっと想像以上にそのマーケティング戦略に洗脳されていることでしょう。

 

可能な限り抗いつつ、うまくすり抜けるには個人で生き抜いて行く力が必要だと思っています。(渡英はその考えの1つです。)

 

話が脱線してしまいました。

 

続きは次回に。

海外に住んでいる日本人が日本の良さを伝えたいという違和感1

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先日聞いていたラジオでの話。

 

ある芸人さんが海外にロケに行って、夜飲みにいったとのこと。

現地の日本人のコーディネーターや、外国人のスタッフなどなどで話が盛り上がっている時に、コーディネーターの方が日本の悪口を言い始めたことに対して、その芸人さんだけでなく外国人もびっくりしたという話。

外国人のスタッフは祖国を離れてその国にいるかたもいたそうですが、彼らにとって祖国の悪口を言うなんてのは考えられないそうです。

 

そのコーディネーターの方の気持ちはわかります。私自身も日本?日本人?が持つ空気が息苦しくて、海外に出たいと思っているタイプなので。

日本が嫌いでないなら、そもそも日本を離れる必要がないと思うからです。

世界一安全な国の1つとされ経済的にも豊かである日本から、わざわざ離れて働こうとするわけですから、どこかで日本を疎ましく思う気持ちがないと出られないのではないでしょうか。もちろん転機などは別ですが。

 

それは田舎が嫌で東京に出てきたという人たちとなんら変わらないと個人的には思います。

その規模が少し大きく、困難さが少し増すだけで。

 

でも、悪口をいう必要もないのではないかとも思います。

その場に日本人として日本で働いている人がいたら、いい気がしないでしょうから。。。

 

「人生を振り返ってみたら、あの時のあれがあったから、今の自分がある。」という話をよく耳にします。

それを運命や宿命と呼んだりするのかもしれませんが、その出来事の関係をつないだのはその人の脳であり、出来事同士に関係なんてありません。

ですが、自分の人生は今までの過去の連続性で成り立っていると思ってしまうものではないでしょうか。

目が覚めて起きたら、昨日までの自分と違う!なんて「君の名は」みたいな話にはなりません。

その連続性の中にいるからこそ、人や動物との関係が続いています。

 

その考えの規模をもっと大きくしていくと、自分の人生はやはり自分が選択したものであり、「人生のあの頃はよかったなぁ」という人は、その頃から今の自分へ自分で決めてなったんだと思います。

 

だからこそ、地元を離れて大都市で働いたり、日本人として日本で働いていると、大都市や海外で働く道を選んだ人からけなされると拒否反応が出てしまうんだと思います。

 

そういう考えを私は持っていますが、東洋医学の考え方でそれと関係した面白いものがあります。

 

その話は次回に。

トルコ人の声かけとその裏側

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船員として昨年働いていた時、7ヶ月の契約の間ずっと地中海にいました。

リスボンというポルトガルの首都から乗り、東に向かって、真夏の間はエーゲ海にいました。トルコとギリシャを行ったり来たりという毎日でした。

 

トルコに行ったことがある方ならわかると思いますが、観光地を歩くと本当の本当に声をかけられます。

偽物のブランド品がずらっと並ぶバザールでは、「Genuine fakeが売ってるよ」(=本物の偽物、ようは偽物の中でも質が高いよと言いたい)という声をかけられたりします。

彼らは、誰もいない時は小さなコップに入った紅茶を飲んだり、スマートフォンをいじったり、友達とダラダラしています。

が、我々観光客がその前を通ると不意に立ち上がり声をかけてきます。

興味をもって店に入ろうものなら、しめたものです。店から出させないようにして、どうにか買わせようとしてきます。

 

他にも全く同じものがそこかしこにあり、それらは値札も貼られていないので、ようは売る人の話術と逃がさないためのテクニックで買わせるのです。

まるで蟻地獄のようです。本当に。

 

私は値切りや交渉が苦手で、かつ偽物を買うなら値段の低い本物のものを買いたい人なのでそういう店には行きませんでしたが、やっぱり興味のある友人は多く、彼らに同行してその蟻地獄を体験したものですが汗

 

彼らと話していると、彼らに虚しさを感じることがありました。

彼らは観光客に買ってもらうことしか考えてない。

そらそうですよね。私が彼らの立場ならそうします。

でも、なんというか、誰も信用していないような印象を持ってしまうのです。

 

船のスパのチームにトルコ人の男性の美容師、メメットがいて仲がよかったので、お酒を一緒に飲んでいる時に失礼かもしれないけど、その印象を素直に伝えてみました。

 

彼は「そうかもしれないね。」と答えました。(彼はどんな時でも笑顔で"Don't worry"が口癖の人で、でもどっか人を信用していない人でした。彼にも私は露天商のトルコ人らと似たような印象を受けていました。

 

でも、そういう生活を続けていると身内に対してもそのように接してしまうのではないかと思っていましたが、そうではないようです。

 

彼の恋人であるイギリス人のヘレンが、彼の親戚の遊びに行った時のこと。真夜中に近い時間に訪問することになってしまったにも関わらず、食事などを全く嫌な顔せず出してくれて、もてなしてくれたそうです。

家族じゃなくて親戚だと、日本では考えられませんが、イギリスでも同様だそうで、彼女はとてもびっくりしていました。

メメット曰く、「そんなのは当たり前だよ。」とのこと。

 

彼らと話してわかったのは、「トルコ人は身内に対してはとても優しいのですが、身内以外に対してはとても冷たい。」ということでした。

ここからは私の推測ですが、そうなってしまった理由は、トルコが持つ歴史にあるんじゃないかと思います。

トルコはヨーロッパ、アジア、中東のいづれにも深く関わってきた国で、過去に様々なことがあったことでしょう。

そうした中で、得た国民性は「身内以外は誰も信じない。」ではなかったのかもしれない。

 

京都の人に裏表があるのも、出世などで複雑な人間関係があった歴史があったからだと聞いたことがあります。

それに近いのではないでしょうか。

 

彼らは今、イギリスにいるそうなので、渡英したら会えそうです。

楽しみだな。

生かされている生き方と被害者意識3

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生かされているという生き方は、自分よりもっと大きな存在の恩恵を受け、それらに敬意を払って生きるという考えもできますが、そこに自分の核や信念のようなものがなければ、自分の生き方に自信が持てず、受動的に自分の生を捉えているともとれると思ったのです。

 

私の場合、それは自分の精神状態で持ちようが変わります。

元気な時であれば生かされている生き方に感謝の気持ちが溢れます。

でも、落ち込んでいる時は、核のない自分に自信がなくなり、淡々と過ぎる毎日に対して、この先に将来があるのならこのままゆっくり衰えていく自分に未来はないと不安が募ります。

 

であるなら、「自分は生かされている」と思うことは大切ですが、それは「自分は生きている」と信じていることの上にもしかしたら成立しているのかもしれません。

その時、その「生かされている」という意味がより強さを持って輝き出すのではないでしょうか。

 

次に考えたのは、「自分が生きている」と思えるようになるにはどうしたらよいのか?ということです。

ぱっと思いついたのは、子供を持つことでした。

子供ができると、人間として大きく変わる人がいると聞いたことがあります。

 

自分がある存在に100パーセント依存される。自分はその存在を生かすために生きる。

それは「自分が生きる」ための何よりの理由になるのでしょう。

 

ですが、私のように30を過ぎても独身の人たちや結婚をしても子供に恵まれない方々、同性愛者の方々などは、どのようにして「自分が生きている」という感覚を持つのか。

 

リア充」という言葉があります。船で働いている時は毎日違う港に着き、その場所場所で観光しつつ、患者さんを診るという生活は確かに充実していました。

 

今現在の生活は、週末のために働き、安定しているようで、目に見えない不安に押しつぶされそうな感じがします。

陸で働くと、不安となる情報がテレビからラジオからネットから入ってくるため、大なり小なりそのような感覚に襲われるのかもしれません。

 

諸々を突き詰めていくと、やはり自分が好きなことを仕事にするのが、なにより「自分が生きている」と思える人生になるのかもしれません。

子供のために自分が生きるのも、裏を返せば、子供が巣立てば、自分が生きている感覚を失くす可能性もあるわけですから。

 

自分が生きていると思えた瞬間っていつなのだろう。

改めて考えると、私にとっては、自分が治療家として患者さんに接し、その人のエネルギーが前向きなものに変わって行った時のように思います。

その過程は、どんな美術作品よりも美しいなぁと何度も思いました。

 

あなたは、どんな時に自分が主体的に生きていると感じますか。

時々振り返って、将来の自分を見失わないしたいものです。