英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

三菱重工を辞めて、鍼灸師になれたのはなぜだろう

大学を卒業して、三菱重工に入社して鍼灸師になりました。

それで、クルーズ船で働いて今、イギリスで働いている。

大学を卒業して12年経ったけど、こんな人生になるなんて思ってもみなかったです。

 

ブログのテーマで転機とあったので、こういう人生になるターニングポイントは何だったのかと思い返そうかと思うのですが、それは既にはっきりしていて、「三菱重工にいた時の上司とあまりにも反りが合わなかった。」それにつきます。

三菱重工の上司は、よく言えば「当人に考えさせて答えを出させる。」、「悪く言えば、意地が悪く、答えを教えない。」という人でした。

例えば、ある工場で納めるための品物の見積もりを出すのに際し、どう説明するか、どうすれば納得させられるかというメールを書くとします。

そのとき、私はそういう経験がないので、四苦八苦するのですが、上司は経験をさせるために私にその説明を考えさせました。

ところが、ノウハウがない私は、何をどう説明すればいいのかわからない。そして、何がどうわからないのかもわからないので、もはやどうにもなりません。

なので、上司にチェックしてもらう文章は支離滅裂でした。でも、彼は私に考えさせようとするので、答えを教えてくれない。

1日5時間ぐらい経ったまま怒られたり、他にも仕事があるのに、そのメールにかかってしまって1日1通もメールを送れなかったりすることはざらにありました。

そのせいで、こういう毎日を送るぐらいなら死ぬ方がましだなと思って(骨折ぐらいだとまた上司に会わないといけないと思ってました)、自転車通勤してたのですが、急なS字カーブをわざと勢いよく横切って即死しないかなと毎日やってました。

 

そういう時に、何とはなしに行ってみた鍼灸院で、すごく身体が楽になったんです。色々とはしょりますが、その経験が大きくて、鍼灸の業界に行くことを志し、学校にいくことにして、今に至っているのです。

 

患者さんにも言うのですが、上司とあまりにも反りが合わなかったからこそ、その会社を辞める決意が出来たなぁと思います。

だって、残業代も申請した分だけでるし、GWは10日ぐらい休めるし、定時で帰ろうと思えば帰れるし、日本でも有数の潰れない会社をやめる必要なんてないわけです。

だから、あの時は本当に辛かったけど、あれぐらい辛いからこそ、今があるんだなと思います。

 

私の影響を受けた言葉で、「過去が今を作るんじゃなくて、未来が今を作っているんだ」というものがあります。

今置かれてる状況は、実は未来のために布石なのかもしれません。人間は都合のいい解釈をする生き物だと思っていますが、未来が今を形作るなら、今置かれてる辛い状況だって、将来の肥やしにできるかもと思えるんじゃないでしょうか。

 

未来のために、もっと頑張らないと。施術家として精進したいな。

 

写真は南米にあるフォークランド諸島とパナマ運河。思えば遠くに来たもんだ。

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