英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

「今、ここ」はどこのこと。感情の中にはないのかな。

私には瞑想のサイクルがあって、今瞑想ないし、自分への心を空っぽにしたくなっているサイクルが来ています。

私が以前参加していた瞑想会では、自分をメタ認知する「気付き」を入れていって自分を客観的に見ていくことを瞑想の目的としていました。

 

「イライラした」「なにがしのことを考えた」などという「気付き」を自分に与え、自分が自分に没入することを避けます。そうすることで、例えばネガティブな感情に引っ張られることなく、冷静に自分を見つめられるようになると考えます。

 

そういうことを自転車に乗っている時などに、瞑想と題して、どれだけ自分の頭をクリアに出来るかということをしていました。治療自体も、患者さんと私の瞑想なのかなと思うことがあります。

 

瞑想会の中で、「今、ここ」に集中しなさいという言葉が何度も言われていました。

「イライラしている」など自分の今の状態を客観視することで、「今、ここ」に集中出来ると私は考えていたのですが、最近、その考えを改めることがありました。

 

呼吸をしながら、「膨らんでいる」「縮んでいる」と、呼吸の瞑想をしている時に、「今、ここ」は膨らんでいる刹那刹那の瞬間であり、「イライラしている」というのは「今、ここ」ではないのではないということ。

「今、ここ」ではなく、「今の状態(=イライラしている)」は「今、ここ」ではないのではないか。

 

瞬間瞬間に感情というものは本当は存在せず、ただただ、「ある事象が起きている」それだけを指すのではないかと思ったのです。

感情というのは、ある事象に対する、自我の意識がつけた意味であり、それは「今、ここ」のものではない。

 

文章にすると、たいしたことないのかもしれませんが、私にとってはとても大きな気付きでした。

 

それに気付いてから、瞑想がより深くなったように思います。

そして「今、ここ」に集中することで、患者さんの身体によりフラットに触れられることにリンクしていけるように感じています。

 

ただ人の身体に触れている毎日の中で、自分が行き詰まっている時に、こういう気付きを得て、人に触れる行為が深くなっていく。

 

もっと色々なことに気付けるようになりたいな。

 

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風がたなびく、今、ここ。