発展途上国へ行った時にみんなが思うことは失礼にあたるのか
最近、忙しくてブログが更新出来ていません。
去年、有機食料品店で働いていた時は、4日に一度と決めて、出勤前に10−15分前に職場について、近くの橋の下で、ガラケーに文章をがががっと詰め込んで、ブログの送信アドレスに送ってました。
昨日、東京ポッド許可局というラジオで「タイムスリップ論」という話で、ある匂いや風景に出くわすと自分の昔の情景がまざまざと思い浮かぶという話をしていましたが、私にとって、今、このブログを書き始めるという行為で、去年橋の下でブログを書いていたことを思い出しました。
そんなことはさておき、先週、ポーランドのクラクフへ行ってきました。ここはアウシュビッツで有名な場所ですが、クラクフ自体もポーランド第二の都市でかわいい街です。
アウシュビッツは2回目で、大学卒業前にヨーロッパを一ヶ月かけて一人旅をした時に、どうしても行きたくて、チューリッヒから27時間ぐらいかけて、バスで向かいました。それもいい思い出です。アウシュビッツでも以前行った時のことを入り口の門を見た時にタイムスリップしました。
それも今回の主題ではありません笑
ポーランドには計4人で行っていましたのですが、全員日本人で、僕らの会話でメニューなどを見た時に出てくる一言目が、「安いなぁ」というものでした。
ポンドがブリクジット以降安くなったとは言うものの、1ポンド≒150円ぐらいで、ポーランドの硬貨、ズロチでは1ポンド≒5ズロチでした。
例えば、一度ちゃんとしたポーランド料理を食べようということで、きちんとしたレストランに入ったのですが、そこで出たメインの料理が11ポンドぐらいでした。ロンドンではありえない値段です。何だったら、イングリッシュブレックファーストですら、それぐらいの値段がします笑
外で食べる度に「安いなぁ。」という会話をみんなで交わすわけですが、その言葉を私は途中から使いたくなくなってしまいました。「すごい失礼なことを言ってないか。」と思ったからです。
私がもしポーランド人だったとして、日本語が理解出来てたら、その会話を決して気持ちよく聞けないよなと思ったわけです。
安いなと思ったのは嘘ではないですし、ポーランドの物価が安いからこそ、逆にポーランドの人がイギリスに来て働いて、ポーランドに持ち帰ることで大金を手に入れることができます。それはクルーズ船でなぜ発展途上国の人たちが、狭い部屋を我慢して、半年以上も祖国を離れてもなお働く理由でもあります。
でも、安いという言葉を発した時に、自分の中にどこか差別する意識があるなと思ったし、友人が発する言葉の中にも含まれてるよなと思ったのです。
インドネシアに大学時代一人旅をしたことがありますが、バリ島で子供を抱えたお母さんがそれはとても強い眼差しで、私に手を差し出し、お金を恵んでくれと言ってきたことがあります。私はそれを振り払うも、なお彼女は手を私に向けてきました。
それはきっと、「お前はここまでこれるほど裕福なのに、どうして小銭でさえも恵んでくれないのか。」という意識の現れだったのかもしれないと、今振り返ると思います。
クルーズ船で様々な国籍の人たちの中で働いていた時に考えていたのは、どうしてある人はイギリスで生まれ、アメリカで生まれ、フィリピンで生まれ、チリで生まれ、私は日本で生まれたのかなということです。
そこを考えることに意味も答えもありませんが、仮に日本で貧しく・つらい環境で生まれたとしても、労働の賃金ということを考えれば、日本で生を受けたことは幸運なことだということです。違う国からわざわざ、働こうと思おうと思わせる魅力が賃金的にある国で生まれたことは、それだけで、相対的に見ればもう、すごく幸運なことだと思います。
日本から海外で働きたいと思う人たちが、先進国はいいけど、発展途上国は嫌だなと思う理由の1つは、賃金が安いので、日本に戻りたいとき戻れないかも。。。というものだと聞いたことがあります。その現実は、逆もまた現実なんだと言うことです。
話を戻すと、ポーランドで思ってしまった、「安いなぁ」ということ。正直、日本で生まれてしまった限り、思わないでいることは難しいと思います。でも、国を訪れた時にはせめて、それを口にしないでおこうと決めた、ポーランドへの旅でした。
左下のウサギはポーランドで買ったものです。かなり気に入っています。
スコットランド、ハイランド。ベンネビスへ行く。
高い場所を見たら登ってみたい。
そんな感覚を持ったことはありませんか?
私は高い山を見るといつもわくわくしてしまいます。
イギリスに来た時に調べたことの一つは、「イギリスで一番高い山はどこだろう?」というものでした。
それで出てきたのがベンネビスです。聞いた話では、ベンネビスという名前のウィスキーがあるとのこと。
いつか行きたいなとずっと思っていたら、私の休みの計算間違いで急遽、三連休が取れることに。
この勢いで行ってしまおうと、夜行バスでグラスゴーまで行き、そこから3時間かけてフォートウィリアムスというベンネビスの麓の街まで行きました。
スコットランドのハイランドという地方を過ぎると、バスから眺める景色が変わって来ます。
ぱっとみて思ったのは、南米のパタゴニアに似ているなと。
それは逆に言えば、それほど自然が厳しいところなのでしょう。
フォートウィリアムスに着いたのは12時前。今日はその日中にKinlochlvenという別の場所に行く計画だったので、急いで登り始めました。
ビジターセンターから見上げるベンネビスは雄大で、イングランドの牧歌的風景とは違います。
ここはイギリス一高い山ということもあり、道は整備されていて、とても歩きやすかったです。
気持ちよかった。
ただ、歩きやす過ぎると、逆に面白みがなくなるのも事実で、そこが難しいところ。
富士山よりもアルプスのほうがわくわくするのは、山道が山道らしいところも一因の1つだと思っています。
でも久しぶりに山に登った感覚が持てたので、非常に気持ちよかったです。
2日目に行ったのはBinnein Morというところで、地元の人も知らないような山だったのですが、あまり知られていない分、道が整備されておらず非常に歩きにくく、わかりにくい。
一応地図も印刷して、ルートも頭に入れて行って、誰かの山行記録をもとに登っていこうとしていたのですが、朝から降った雨で道がぬかるんでいたからか、全然道がわからない。
流れてくる川っぽい水と、かすかな、人が歩いたであろう道の気配を頼りに登って行ったら、道が道っぽくなってきて、なんとかルートにのりました汗
たまたま通りがかった人に現在地を確認したら、帰りに使う予定だったルートを登って来ていたそうで、道を間違っていました。ただ、行きの道は果たしてどこにあったのか、未だにわかりません。。。
その方にBinnein morへの行き方を教えてもらい、再度やる気が出たところで、登山開始。
昨日とは違い、すれ違った人は計3人だけで、ひたすらハイランド地方の山々の中を1人孤独に進んで行きます。
ある程度、標高が高くなって見回した景色はベンネビスとは比較にならないもので、世界の果てにいるような、宇宙のどこかの惑星に迷い込んだような感覚にさえ陥ります。
来てよかったなと思っていたら、帰りに完全に迷ってしまい、初めて道無き道をひたすら格闘しながら降りていきました。
こんなに迷ったのは初めてだったので、遭難して夜を迎えた時の不安はこんなもんじゃないのだろうなと思うと、将来迷わないようにしようと心の底から思いました。
ただ、幸運にも標高残り800メートルぐらいで、下は見えていたので、グーグルマップのGPSを頼りにどうにか辿りつきました。
途中から歩けなくなるぐらい膝が痛くなったりと散々な部分もありましたが、思い出深い登山となった初めてのハイランドでした。
なぜ膝が痛くなったのか分析して、次もまた来ようと思います。
圧に対して思っていることをちらほらと。
最近、治療をしている中で「圧」についてよく考えます。
陰圧や陽圧などの話は他のサイトに譲るとして、圧はある空間が縮まったり、拡がったりする時に、その空間を構成している境界線にかかる力と言えます。
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職場の人と不妊治療について話していた時に、その方は「要はお腹に隙間を作れば妊娠が出来る。」と言っておられました。
私がその方に「どんだけ頑張って不妊治療をしても授からない人がいる一方で、男性から乱暴なことを一方的にされて子供を孕んでしまう人もいることを考えると、子供は愛の結晶というのは残酷だ。」という話をしていた時でした。
つまり、感情的なものは別にして、子供を授かるか否かはお腹に隙間があればできる=お腹の圧が適正であれば子供が出来るというのが、その先生の見立でした。
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今まで圧といえば呼吸、つまりは肺の圧の変化のことを指すものと何となく思い込んでいました。でも、その圧の変化以外にも重力・神経・ホルモンその他身体を構成する様々な要素によって、圧は作られ、空間を構成する境界線にその圧がかかる。
その境界線はどこなのかなぁと色々考えているのですが、私は関節だと思っています。
膜連鎖の観点で言えば、全てが身体とつながりネットワークを構成しているため、境界線はないのかもしれません。
あるオステオパシーのセミナーに参加した時に、最後関節をうまくはめられない施術者は大成しないと言っていた先生がいます。それは、結果として圧がかかってしまっている関節を構成する要素を様々な観点で調整したとしても、最終的に圧がかかる関節を正しい位置に戻して圧が適切にかかるようにしなければ、身体は元には戻りにくいということなのかもしれません。
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肩甲上腕関節を緩めて行く時に、人によって一番圧がかかっている(関節に制限がかかる)力の方向は違うなといつも思います。
関節が機能してその圧を吸収しているうちは、肩が上がりにくいという状態で住むのかもしれませんが、その機能が器質にまで影響を及ぼし始めたとき、肩に炎症がおき、50肩などで悩むようになるのかもしれません。
がに股・内股なども膝への上からの圧と膝を支える下からの圧とのずれの結果であり、その圧が膝という関節で吸収出来なくなった時に、身体が悲鳴を上げてしまうのでしょう。もちろん、痛みを感じやすい感じにくいなどは、自分の自律神経やホルモンバランスの状態も多分に影響してきます。
ピサの斜塔。圧を吸収出来ているからこそ、倒れない。
世界大会で日本や日本人を応援することへのもやもや
土地に慣れていく
ロンドンに来て半年が経とうとしています。
半年、こちらの食べ物を食べ・排泄し、空気を吸い・吐き・染み込み、景色を見て・見られ、土地に馴染んできました。
すると、はじめは違和感を感じていたものが、感じなくなり、はたまた違和感を感じていたことをするようになりました。
トイレの汚さやウォシュレットがないこと、地下鉄の車内の新聞を回し読みすること、信号無視など。
特にネガティヴに感じていたことに対して、鈍感になっていくんだなとー自分の一面を面白がる自分がいます。
一方で感心するようなこと、例えばレディーファーストや自分の意見を主張すること(TPOにもよりますが)はまだまだ出来てないなとぁと半生です。
ネガティヴやポジティブとも違う、その国・土地の習慣なんてのもあるように感じています。
日本で言えば、列をなす時に整然と並ぶことや携帯電話で話すことを電車で禁止されてることなんかが挙げられるでしょうか。
住んでない人にとったら奇妙に写るものと言えばいいでしょうか。
イギリスの場合、私にとってその一つが「公園に寝そべること」でした。
夏で暖かいと、イギリス人(欧米全般かはわかりません)は寝そべります笑
ベンチに空きがあっても寝そべる人だっています。
1人でも複数でも、女性でも男性でも関係ありません。
1人で本を読んだり、みんなでピクニックのようなものをしています。
はじめはその光景がなぜか羊や牛のように見えてとても出来なかったのですが、自転車に乗り疲れて眠気が来ていた時に、躊躇ったものの、そこに混ざることにしました。
シートなどもなく、ただ公園の草むらの上に寝そべって、貴重品を握り締めながら、仮眠したのです。
そして目が覚め、目を開けて、自分の視界と同じ高さに人がいた時に(=みんな地面で何かをしている)、少しイギリスに馴染めたかもしれないと肌で感じました。
それは、自分がこの国の空気を吸い続けてきた証の一つのような気がして少し嬉しかったです。
自分が気づかないうちに、他にも少しづつ染まっていっているのかな。
白鳥も寝そべります笑
カンタベリーでの不思議な体験
先日、カンタベリーへ行ってきました。大聖堂で有名な街です。
インターネットを探せば、見所、写真などがもう溢れるように出てくると思うので詳細は書きませんが、そこでの不思議な体験を記しておこうと思います。
小さいけれど、だからこそ、その小さなまま保存できているような綺麗な街でした。
ロンドンは大きすぎるからなのか、街の形があるけれども、新しい人を取り込むために増殖して行っています。
そのうねりはそれはそれとして面白いのですが、形を留めているのもまたいいものです。
不思議な体験は大聖堂に行った時のものでした。
大聖堂の地下にはcryptという地下室があり、祈りを捧げる場所として、写真を撮ったりや携帯で話したりすることは使えません。
cryptの真ん中にはマリア様の像があり、それを取り囲むようにして椅子が円形に並べられていました。
マリア様を正面にして、左側の列の前から2段目、一番右の椅子に座った時のことです。
なぜか私は昔にタイムスリップしたような感覚に陥って、中世(と言っても、何世紀とか詳細は全く分かりません)の濃い緑のマントを被ったある男の人になり、その人の目から、その時代の様子が入って来たのです。
今のように電気がない時代ですから、ロウソクだけがともされているためとても暗い。周りは人が多くて騒がしいのですが、みんな一様に熱心に祈りを捧げている様子がその男性の目から見えました。
そのヴィジョンだけが浮かんできて、私は2017年にいるのにも関わらず、その昔の風景を同時に見るという感覚。
それは、何かこの風景みたことあるなぁというデジャヴのようなおぼろげなものではなく、何度かデジャヴの感覚は味わったことがあります、もっと確固たるものというか、私?もしくはそのマントの男?はその風景を「見た」というものでした。
そういう体験をしたのは初めてだったので困惑すると同時に、体験という名前の事実は何よりも確かなものだと思うので、スピリチュアルでも何でもなく、私が呼吸をするように自然なものとして受け止め、この体験が私に起きた理由を考えられたらなと思っています。
イギリスに来てから、そういう似たような体験をすることが増えているように思えてなりません。
私はどこに向かって、何を成そうとしているのか。起きること、出会うこと、感じたことに逆らわずに捕われずに、流れて行こう。
幸せだと思える時も、辛いなと思える・思えないぐらいしんどい時も、魔法がかかっていると思えるように。
今週のお題「もしも魔法が使えたら」
「魔法が使えたら」なんていう、「たら」は寂しいなぁ。
僕は、誰かが僕に魔法を使っていると思うからです。
ロンドンで鍼灸師とマッサージ師の仕事をしている今であったり、カリブ海に浮かびながら、地中海に浮かびながら、はたまた大西洋のど真ん中で浮かびながらであったり、患者さんの背中に鍼を打つ時に、「どうしてこの人に、今、鍼をしているんだろう。と不意に冷静になることがあります。
「マッサージならまだ可能性は低いかもしれないけれど、鍼を受けに来た人とは、その人と自分はどこかで会うことになっていたと思う。」とは、僕の先生の言葉です。
もう二度とその人に鍼を打つことはないのかもしれませんが、その人に私の鍼や施術を受けたということが記憶に残るように出来たらなと思います。
偶然を偶然と思うか思わないか、それをもう必然や運命と思っちゃうかは、本人次第で、運命なんて思えば、誰かが僕に魔法をかけたなと思う以外に、先の展開がありません笑
人の身体もそう思っていますが、人生も点・線・面で捉えられると思います。
点では何でもないことが、線となり、面となる。その線であったり、面であったことに気付いた時に、もしかしたら私たちはその出来事に対して「魔法がかかったみたいだ」と思うのかもしれません。
会社員になるまで鍼なんて受けたことがなかったのに、不意に鍼灸師になると決め、船で働くことになり、今イギリスで働いている。
会社員時代、その当時は毎日辛かったなぁと思い出すのもしんどくなりますが、その時代があったからこそ、今がある。辛い時は現状をみれませんが、その霧が晴れれば、振り返ることが出来る。
なんだったら、中学生や高校生の時にずっと考えていたことでさえ、今やっている仕事に繋がっているなと思うこともしばしばです。
平凡な言葉でしかないけれど、言われ慣れている言葉はだからこそ、普遍性があるんだろう。
魔法であるなら、魔法がいつかとける日が来るのかな。
でも毎日、なんで今この出来事が私に起こっているのかを考えれば、生活は魔法にずっとかかっているのかもなと思います。
僕への魔法は死ぬまでとけないものであって欲しいなぁ。
それを多分また来る、厄年的なものが来ても覚えて冷静になれますように。