英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

俳優は「人にあらず人を憂う」の意味を考える。ある俳優さんの施術を通して

ご縁がつながり、うちのクリニックにある俳優さんの出張依頼があり私が行くことになりました。

 

その方には合計4回施術させていただいたのですが、診せてもらったのが舞台の本番1日前、本番直前の楽屋、2日目の午前中、3日目(最終日)終了後の夜でした。ちなみに、3回目と4回目の間に私はチケットをたまたま取っていたので観劇しました。

 

俳優の方を施術させてもらうのは初めてで、有名な方だったので若干緊張しましたが私にできるのはその方がいい役を演じられるようにサポートするだけです。そう思うとリラックスしてきて、普通に施術に臨めました。

 

その方の筋肉のつき方や、私に接してくれる態度、ものの見方や、性格などなど面白いことは多々ありましたが、書き出すとキリがないので一番私が感銘を受けたことだけ。

 

それは人(特に俳優)は容れ物なのかもしれないということです。

 

初めて診せてもらった本番1日前はとてもリラックスされていて、色々なところに気がつき、誰も傷つけないように配慮してくださる素晴らしい方だと思っていました。

でも2度目の本番直前は、顔が引き締まり、目の色が違う。それは昨日にはなかった何かが、その方に入った気がしたのです。昨日までのその方とは違う何か誰かがそこに居る気がするのです。

実際、私がそういう風に感じたことを素直に伝えたところ、「役を演じている時は、演じている役を遠くで自分が見ている。」というような旨のことを仰っていました。大竹しのぶさんは「93パーセントが役で7パーセントが自分ぐらいの状態がいい」とか言ってた気がします。

 

それで迎えた観劇本番。どこのチケットを買ったのか忘れていたのですが、なんと1番前の真ん中でした汗 もし施術することを知ってたら、わざわざそんな場所とらないのに。。。

でももしかしたら、それは俳優さんの容れ物について色々考えさせてもらうために与えられた機会なのかもしれません。

 

舞台の上で演じておられる顔つきや動作をみていると、前回の本番直前に入った何かがより具体性を帯びていることがわかります。

それは内面にある弱さや葛藤、気が狂っていく中で芽生える狂気と不安などです。映画ではカメラがクローズアップするなどで俳優さんの表情をじっくり見て感じることができますが、舞台となると自分でフォーカスしていかないといけないためそうはいきません。

そんな中でもその方が醸し出す表情、それは映像越しに観るのとは違うより生々しいものでした。イタコをみたことはありませんが、のり移るとはこういうことを言うのかもしれないとまざまざと感じさせてくれます。

また、若手の俳優さんが発する声がその俳優さんの声であって、演じている人物の声ではないと思った一方、その方の声は役と馴染んでいるようにも感じたのも私にとってはいい経験でした。

 

なんだか褒めてばっかりですが、ほんとにそう感じて自分でも驚くほどです。

 

最終日の夜に診せていただいたときは疲れ果てて、治療中は子供のようにずっと寝ておられましたが、俳優さんというものの生き様(生きる様子)をこの数日で垣間見れて、本当に勉強になりました。

 

俳優は「人に非ず、人を憂う」と書きますが、その詳細は「人に非ざるもの(演じた人物の魂のようなもの)が人の世界で人を憂うがため、物語を演じている」なのかもしれません。

私の人生で、とても刺激を受けた5日間でした。

 

 

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