英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2015年はイギリスで働くために有機食品の会社で働き、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

生かされている生き方と被害者意識2

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「自分のことを何かにつけて被害者だと思っている」

 

この言葉はこうも言い換えられるかもしれません。

 

「自分のことを何かにつけて受け身だと思っている」

 

そう捉え直した時に、ある思い出が蘇りました。

 

あれは確か大学2回生か3回生の時。

今でもそうですが、大学生の時は「何で生きてるんだろう」ともっとずっと考えていました。

それで、どこかの最果てに行ってみようと、本州の最果ての1つ、龍飛岬へ行くことにしました。

それは年末の出来事で、夏に仙台で小説を書くと銘打ち、3週間滞在していたことの延長線上にありました。

 

もはや海外よりも遠くなった日本の僻地。北海道や沖縄へは飛行機でびゅんと行けるなら、関西から日本で1番遠いのは東北じゃないのかと思い、その当時は東北に憧れがありました。

 

彼女もいない12月の冬休み、大阪の天王寺から夜行バスに乗り仙台へ。

そこから特急やバスを乗り継いで、わざわざ冬の竜飛岬まで向かいました。

 

そして岬に立ち、対岸の彼方先にある北海道を見たとき、この言葉が脳に体に降ってきたのです。

 

「私は生かされている。」

 

理由はわかりません。自分という小さな存在が、この厳しい自然、ある大陸の果てにいることにただ感動しました。

探検部で色々な自然の断片を垣間見ても、感動こそすれ、その感覚が襲ってくることはありませんでした。

その言葉を聞くために、竜飛岬まで赴いたのかとすら思ったほどです。

 

ずっとこの言葉を大切にしてきたつもりですが、私が冒頭の「自分のことを何かにつけて受け身だと思っている」

という人間かもしれないと思ったときに、「生かされている」と思うのは自分の弱さかもしれないと思いました。

 

続きは次回に。