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英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2015年はイギリスで働くために有機食品の会社で働き、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

なぜ深く繋がりたいのか

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「人と深く繋がりたいか広く繋がりたいか」「イライラした数秒後に、事件に心を傷める矛盾」からの続きです。

なぜ、私は人と精神的に深く繋がりたいのか。

子供は1人では生きられない。両親やその他、近しい人が育ててくれたから生きられた。

その記憶が、共感することで呼び覚まされる。だから人は人と繋がりたい。

という抽象的なことが頭に浮かんでいましたが、抽象的なことを抽象的なまま理解したつもりでいるのが嫌いなのでもう少し考え続けます。

その中で、まだ掴めていませんが、ぼんやり見えてきたものがあります。

繋がるとは感情を持つことではないか。

というものです。

「人と繋がる」という認識の前に、「自分が知覚する」状況があり、それが人と私を繋げているのだと気づきました。

例えば被災された方に対して、同情する。悲惨な状況に心を傷める。

その「同情する」や「心を傷める」という私の気持ちが、私とその人とを繋いでいる。

つまり、感情が人と人とを繋いでいて、感情を抜きに人は人と繋がれないのではないか。(例:嫌いという感情より、興味がないという感情のほうが人間関係の距離が遠い。)

「イライラする」ことだって、相手があってこそイライラするわけですから、相手と繋がっているわけです。

そう考えていくと、感情を持つというのは、「自分は自分である」という認識を自分に対して持つという意味があるのではないでしょうか。

つまり、「繋がりたい=感情を持ちたい=自分が自分である」と思いたい。

という図式なのではないかと考えました。

これは私にとってしっくりきて納得できたように考えています。

どうして治療家という職業が他のものより自分にとって、特別なもののように思えたのか。

かれこれこのテーマを折に触れ1ヶ月ぐらい考えていたのですが、ようやくその理由を見つけられた気がします。

様々なことを通して、自分は自分であることを認識したいものです。

人と人とをつなぐ「感情」。その感情の出し方・感じ方の好みは人によって違うので、様々な職業・ビジネスが成立するのではないでしょうか。

私の心にとって腑に落ちた「治療家」という職業。大切にしたいと思います。