英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2015年はイギリスで働くために有機食品の会社で働き、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

なんで生きているのかと言う問いから10年後. "Why I'm alive" ten years later after this question

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*English is after Japanese

治療中に聞かれました。

「どうして生きていると思う?」

私は、

「理由はわかりません。でも、縁があって治療を受けに来てくれた人をどうやったらよくできるのか。このことを考えることはなぜ生きているか?と言う問いに繋がっていると思う。」と反応しました。

自分でもこのような答えが出てきたことに驚きです。

大学生の時に、時間を持て余しされど何をするわけでもなく、「なぜ生きているのか」と考えていた時期がありました。

旅に出たり、作品を作ってみたりする中で、得た答えの一つは、「戦争で亡くなった人のために生きる」と言うものでした。

もし原爆が私の両親の住んでいた地域に落とされていれば、私が今こうして世界を船で巡る経験はできていないことになります。

となると、私の代わりに亡くなった人がいるのかもしれないと考えるようになり、例えば私の人生は原爆で亡くなった方々の人生を背負っているのかなと思ったのです。60周年の節目に長崎の式典に行ったのも関係があると思います。

それで少し、生きている理由なんてのがわかった気がして心が軽くなったのを思い出しました。

10年経って価値観が変わったとは思いませんが、より責任を求められる年齢や仕事に就く中で、自分の仕事・人生の中で「どうして生きているのか。」と言う問いに今後も向き合っていきたいなと思います。

When I treat one guest, he asked me "why are you alive?"

I reacted " I don't know. But I think how to improve my patient's condition connects to your question."

After I answered, I was surprised at my answer.

When I was universally student, I had enough time but nothing to do, I asked myself " why I'm alive".

Throughout I went to trip alone or made some art works, I got one answer. It is to live for the person who died during war.

If USA fall atomic bombs into the place my parents lived, i am not here and cannot have experience to trip around the world like now.

If we say so, I start to think that someone died instead of me, and then for example, my life might be for the person that was died by atomic bomb. It would related with attending 60th years anniversary for atomic bomb in Nagasaki.

I felt like I understand the reason for alive for me only a little bit and I remember my mental burden was little bit less.

I don't think my view of thinking is changed after this 10 years, my age and job request me more responsibility, I want to ask myself " why I am alive?" from now on thorough my job and life.