英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2015年はイギリスで働くために有機食品の会社で働き、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

帰国して感じる世界は自分のために回っていない the world isn't mine, impression after coming back to Japan

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*English is after Japanese

日本に帰ると、基本的に何もすることがなく、まさしく自由人となります。

だからでしょう、大阪の梅田なんかを歩いていると、自分は経済を回す何の歯車にも慣れていないなと塞ぎ込んでしまう瞬間があります。

「それぞれが自分の人生の主役」であったり、「人生は一度きり」などの言葉がありますが、人やものなどを(広い意味で)回さない限り、お金というものは発生しないし、ひいては生きていけません。

それを突き詰めると、生きる上では、人(もの)のためであることが自分のためになるのではないのでしょうか。

その一方で、自分が何をしたいかを抑圧して、人・ものを動かしてばかりいると、そこに自分の欲がないから無力を感じてしまう。

私はこのように現在、「自分のため」と「自分が何をしたいか」を区別しています。(子供ができると「自分」が「子供」に置き換わるのかもしれません。)

この二つの比重は人によって違うのでしょうが、うまくバランスが取れれば、人生が上手くいくのだと思います。

偉そうに書きましたが、本当にまだまだだなと焦ります(苦笑)

人のために何かができるようになるには、本当にどうすればいいんだろう。

もう少し考えを自分なりに深めて、改めて書きます。

When I'm in Japan, as I don't do anything basically, I'm free literally.

Therefore when I walk around Umeda, Osaka, I have a moment to feel depression because I couldn't be the gear of economic at all.

There are phrases " everyone is leading actor in his life" or "life is only onetime".

We can't generate the money unless we rotate people or things ( quite wide meaning). Consequently we can't live.

And as the result, to exist, it would be truly for me to do something for someone(things).

On the other hand, if we oppress what we really want to do and rotate someone or things, we feel empty because it doesn't exist our desire in our job.

Now I distinguish " for myself" and "what I want to do"( once I have a child, "I"must change into " child".

These two balance is different by each person, but if we have good balance, we could say our life is good.

Although I wrote as if I know everything, I really think I'm far from this balance...

To be able to do something for someone, I really what should I do?

I reflect my ideas deeply, I'll write again.