英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2017年からロンドンで治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

時々やってくる試練

施術を365日していると、時々試練というようなものがやってきます。

 

日本にいるときに受けたセミナーで講師の方が言っておられた言葉があります。

「ある良くなった患者さんが、紹介してくださった患者さんの症状が良くなった症状より難しいことがある。その時にその難しい症状を良くできないと、紹介してくれた患者さんも来なくなって、閉院に追い込まれる。開院してから少し忙しくなってきた頃に、閉院してしまう治療院はこういうケースが非常に多い」

 

星の数ほどある治療院に縁あって来てくださった方の紹介ほど、私たちにとって忙しくなるための確実な拡がり方ってありません。

でも一方で、紹介するというのは紹介する側にも責任があり、紹介された人の症状が良くならないと次また来なくなったりします。しかも、紹介された人が紹介した人より難しい症状のことがある。

私も何度もそういう機会があって、紹介した人もされた人も来なくなってしまったことがありました。

 

紹介ではありませんが、普段定期的に通って来てくれる方が、突然症状が出てこられることがありました。

 

普段は腰痛のメンテナンスで来られる方が、2週間ほど前にスイスへ登山に行き、帰ってくると、突然左を向いた時にものが2重に見える、いわゆる複視の状態になってしまった。

ということで1週間前に来院されました。

 

目の動きを確認するも、取りたてて異常はない。ただ、言葉では説明しにくいのですが、左の目の周りが窪んでみえる。左の目の周りの骨が圧縮してる感じというのでしょうか。

私にできることはその圧縮された頭蓋を解放することだと思い、その圧縮の原因となりそうなところへ鍼と手技でアプローチ。

複視自体は変わらずも、頭蓋の骨がある程度戻って来たところでタイムアップ。

 

その方が昨日また来られたのですが、「1週間前にはかなり頭痛がしていたのが、今はかなり良くなった。MRIなので検査をするも異常はなし。まだ複視は残っているが続けてみる。」とのこと。

 

圧縮自体は先週よりも実際かなり改善していて、複視も改善されたのかと思っていたのですが、そこは改善されてなかったのは悔しいところ。

今回は上位頚椎のズレをメインに据えながら、僕が原因のように思う圧縮の解放に再度取り組みました。

 

ここでまた、僕が日本に勤めていた時の院長が言っていた言葉が蘇ります。

「慢性疾患を治療する時にやってしまうことの一つが治療方針を早めに変えること。結果が出ないことを焦るばかりに治療方針(=使うツボ)を変えてしまうと、結果が結果的に出なくなってしまう。」というものです。

 

人間の性質ってそんなに変わるもんじゃないです。すぐに変わるなら、もうとっくに自分を変えられているはず!なので、自分の病が出て来やすいところ、つまり、使われるツボもそんなすぐには変わりません。

今回も2回目ですが、この曖昧な圧縮の解放の方針を変えることもできますが、僕はやはりそこが気になる。

 

ということで、治療方針は変えずにアプローチしたところ、頭蓋の圧縮はかなり改善。複視の改善は見られませんでしたが、あそこまで戻れば視交叉の障害要素(例えば、血塊などの阻害。恐らくとしか言えませんが)を取り除けたのでは。。。と期待しています。

 

 

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自分の感覚で施術をすること

患者さんの身体および症状があるなら、それがどうすればよくなるかは「何故それが起きたか」がわかればよくなるはず。

 

それはどういう尺度であっても(理屈では)いいはずです。つまり、脈の診断を基にしたものとか、椎骨のズレを基にしたもにとか、などなど。そしてどういう手段を用いても。

全ては「なぜそれが起きて、どういうことをすればその症状がどう戻るか。」がわかればです。

 

あるSNSのコミュニティの書き込みで「てい鍼」、つまり、刺さずに刺激を与える鍼を批判するものがありました。

その提起に対して様々な議論が交わされましたが「身体の状態を読みきってしまえば、どういう鍼を使おうが問題じゃない。」とか「自分の感性や能力が一番発揮できる道具や技法を用いればいい。」というコメントがされてて、目から鱗でした。

 

つまりはそういうことだと思ったのです。

身体の状態を正確に判断できればいいだけの話なんだと。

 

今まで、ある症状を持って来られた患者さんに対して、自分の持っている知識や、惹かれる内容(これが知識になりやすい)を当てはめて理解しようとして来なかったかなと思います。

それはある程度仕方のないことだとは思うでも、「患者さんの状態を読み」きろうとすることに対して自分の尺度を当てはめすぎたんじゃないかなと、痛感しています。

その場合、ハマれば患者さんの信頼を獲得できて、また来ていただいたり人を紹介していただけそうですが、ハマらなければそれまでですし、そもそも良くなりません。

 

症状を改善する手立ては、患者さんの身体から発せられるもの(表情や声など全てを含みます)に必ずあるわけですが、それを自分の尺度で観ると見落としてしまいます。

触れた時点で身体との対話が始まるなら、自分の尺度という意識が人に向かう時点で、もう何かを観れていないように思います。

 

妻から「あなたは自分が正しくないと思うものは、ぼろくそに否定する。」と言われました。その意識って、絶対に患者さんに伝わってる筈だし、患者さんの状態を正確に判断しようとする上で、妨げの大きな要因になっているに違いない。

 

こういう意識で改めて身体を触れていて思ったのが、皮膚という表面だけで言えば、例えば50分という時間の中で全て触れることはできます。軽く触れるだけなら1分でできます。

深さを別にして、外から刺激を与えるという意味では、1分で全てに触れて判断して、刺激を与えるところを探すことも不可能ではないはずです。

また、どんなセラピストも身体の皮膚全てに触れた=つまり、ある症状に対して効くであろうツボに触れているはずです。

 

それなのに見逃しているから、あるセラピストは症状を軽減できるのに、あるセラピストはできないということになるわけです。

自分の尺度で見てしまうからそこを見逃してしまうんじゃないかなと思うと、毎回新鮮に身体に触れたいなと思う次第です。

 

ここまで書いた時に、ラジオで大竹まことさんが言ってました。

「コントの一番大事なことの一つは、毎回初めてやるつもりでやることだ。そうじゃないと誰も笑わない。」と。

 

なんだか、それにどこかで通じてるんじゃないかなと思っています。

 

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三菱重工をやめて、鍼灸師になって、クルーズで働いて、ロンドンで働けたことをどう考えよう。その2

その1の続きです。

 http://acupuncturistontheship.hatenablog.com/entry/2019/03/08/032931

 

前の記事を見ると、時々同じことを考えてるなと思います。自分をやっぱり運命論者だと思ってるんだろうな。。。

で、運命論者ってどういう意味だろうと思ったら、運命論者という言葉はなく、国木田独歩氏の作った小説があるだけなんですね。

しかも青空文庫でタダで読める。

これは読むしかない。

 

https://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/336_15957.html

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/宿命論

 

まあ興味があれば、続き読んでみてください。

 

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僕の場合だと、

1) 三菱重工時代に全く上司との関係がうまくいかなかった→初めて鍼灸を受け感銘を受けることができた。関係が全くよくなかったから会社をやめる決断ができた。(会社自体は残業代も出るし、休みもあったり、ぬるい(?)会社だったので辞める理由はなかったと思っています。)

 

2) 会社のあった地域が父親の先祖が住む土地だった→スピリチュアルな話になるかもしれませんが、父親の家系は医者の家系だったらしく、僕の父型の親戚筋には誰も医療系の人はいないのに、なぜか僕と弟はその業界の職についた。この仕事は先祖に導かれた気がずっとしています。

 

3) 勤めていた鍼灸院の院長と揉めて辞めざるを得なくなった→ずっとこのまま勤めて日本で開業なんてことも考えていたのですが、辞めた時に「ここで海外に行く機会がなければ、次はもう一生来ない。」と不意に思い海外へ行く手段を探す。

 

4) 船を降りる決断をした時に、イギリスでビザを出してくれる会社を見つけた→ずっとネットを探しててようやく見つけたサイトのしかもほんの片隅にそういうことをちょろっと書いてある記事を見つけ一か八かで応募したら面接まで行って受かった。今振り返ると、このタイミングでイギリスに来ていなかったら働けなかったし、日本に帰国して2日後に僕の住む神戸へ行く用事があるから面接を受けるかと言われて首を縦に振らなければ、全てが遅れて、うまくいってなかったと思う。

 

5) 奥さんを見つけた→初めて出会って2週間ほどで付き合い出し3ヶ月後に同棲、7か月後に結婚とお互いびっくりするぐらいの展開でここまで至った。彼女が永住権を持っていたため、イギリスでずっと住むことになる。

 

この1ー5がこの10年でのターニングポイントになりました。たまたま起きただけなのか、何かが引き起こしただけなのか。正直わかりません。

 

人は自分の人生を肯定したがるものだし、過去の点と点を線にして今の「私」を確認したがるものだと思っています。

それは正しいけど、正しくない。良いことを解釈する時にはいいけど悪いことを解釈する、特に生まれた環境(例:暴力を振るう親の元に生まれた)をどう解釈すればいいのかがわからないからです。

それでもなお意味があって生まれたと人は言うのかもしれませんが、僕がその立場だったら、そんな運命の元で生まれたくありません。

色んな患者さんの過去の話を聞いていると、本当にそう思います。

 

波乱万丈な人生を送っている患者さんが「自分の人生のバイオロリズムが底まで来て初めて人は足を地面につくことができて上に上がれるんだ。」と言っていました。

確かにターニングポイントを見返すと1と3が底で鍼灸師になったり海外で働いたりと大きく人生が変わったなということに気づかされます。

 

次にいつ底が来るんだろう。もう来ないのか、それともまた来て這い上がるのか。

毎回自分が成長できていれば違う井戸に落ちて、違う底になれそうですが、成長できてなければ同じ底に着くように思うな。

 

まずは奥さんへの小言をやめよう。。。

 

 

運良くイギリスに残れた患者さんが言っていました。「おこがましいと思われるだろうけど、日本に戻らなければならなかった人の分も働いていたい。」

 

僕も心のどこかにそのことを刻んでおきたいなと思っています。

 

 

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三菱重工をやめて、鍼灸師になって、クルーズで働いて、ロンドンで働けたことをどう考えよう。その1

昔はとても簡単だったそうですが、今はとても難しくなった、イギリスで働くということ。

 

僕は2012年にクルーズ船で働き始めましたが、その時28歳。海外で働いてみたいということでイギリスのワーホリに申し込んだもののあえなく落選したので(イギリスは他の国と違ってワーホリは抽選なのです汗)、他に選択肢がなかったためクルーズ船で働くことにしました。

そこで3年間働き、次はもういいかなーと思って色々仕事を探し始めました。ちなみに、もう30歳を超えていたので、ワーホリは申し込めません。

 

友人に聞いたり、ネットで検索したりなどあらゆる方法で検索していたところ、偶然に仕事先を見つけロンドンへ移住することになりました。そして、こちらに長く住む日本人の人と知り合い、結婚してロンドンに住むことになる。

 

ざっとまとめると、大学を出るまで海外になんとなく出たいなぁぐらいしか思っていなかったのに三菱重工をやめて鍼灸師になってクルーズ船で働き、ロンドンで定住することになる。20歳中頃からの10年間が怒涛すぎてよくわかりません。

何となく流れに乗っていたらここまで僕は来たわけですが、どれだけイギリスに滞在したいと思っても滞在できずに日本に戻る人がいたり、別にイギリスに滞在したいわけじゃないけどなんとなく滞在している人もいたりします。「本当に運がいいね。」ととても贔屓にしていただいている患者さんには言われますし、自分でもそう思います。

 

 

こういうことをどう解釈すれないいのでしょうか。

僕は今までオノ・ヨーコさんの作品である”War is over, if you want”のようなものだと考えています。つまり、本当の本当に望めば、それは叶うんだと。

もちろん海外で働くことって簡単じゃないし、「海外で働く」というのは何かを言っているようで言っていない。つまり「和食を食べたい。」と海外に住む外国人が言ってるようなものだと思います。

(でもそれは進撃の巨人で「海を見たい」とアルミンが言うように、僕らの心をときめかせざわつかせますよね。)

 

でもこうも思います。本当の本当に望めば全員が全員プロ野球選手に慣れるのか。そんなこともありません。

プロ野球選手になること」と「海外で働く」こととに違いはあるのか。僕は本質的に違いはないと思ってて、準備と一瞬の判断なんじゃないかなと思っています。

準備に必要な量、質は違えど、何事も準備を重ねていれば、自分が望む風が吹いた時にその風に乗れるのではないでしょうか。

 

振り返ればという話になってしまいますが、ここに至るまでには色々なドミノの牌があってそれが、今ある方向に倒れてきたように思います。

 

続きは長くなったので次回に。

 

 

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メモ。どうして、右、左、腰、首に痛みが出るのかの試案と私案。

お題「マイブーム」

左右差というのが最近気になっています。

 

どうして右が痛い人もいれば左が痛い人もいるのだろう。手が痛い人もいれば足が、肩が腰が痛くなる人がいるのだろうか。

 

それがわかれば苦労しません汗

でも、原因があるはずです。

 今回はノープランの手探りで左右差について考えてみようと思います。

まず、身体の左右差について僕が知っている情報。

 

1)右半身は交感神経支配、左半身は副交感神経支配

2)右脳は直感、空間認識などを司る、左脳は言語、論理的思考を司る

3)肝臓は右半身に主に鎮座し、心臓は真ん中から左。S状結腸は左から始まり、最後は真ん中で終わる。脾臓は左。

4)肝臓、心臓の影響で肺や腎臓は形や位置が左右で違う。

5)リンパの流れ。右上半身は右リンパ本幹に流れ込み、右静脈角(右内頸静脈と右鎖骨下静脈へ流れ込む)それ以外は胸管へ流れ込み左静脈角へ流れ込む。

 6)左腎静脈は腹大動脈をまたぐ

 

まだまだあるのかもしれません。でも、パッと思いついたのはこれぐらい。

ここで書いてて面白いことに気づいたのですが、臓器の中で脾臓だけが明確に左に位置している。(他は中心または反対側に存在したり、位置したりしている)

 

また、

一方で、上記5)で書いたリンパ液の流れも動脈静脈に比べて左右差があることとも絡むが、脾臓はリンパ球を多量に蓄え、体内で最大のリンパ器官と言える。

脾臓の概要 - 13. 血液の病気 - MSDマニュアル家庭版

脾臓の病気|東京慈恵会医科大学 肝胆膵外科

 

つまり、左右上下で痛みが出やすい原因の一つを体の構造から求めるなら、一つの原因は動脈静脈よりもリンパの流れの問題と言えるのではないだろうか。(特に右肩と右腕)

 

そもそもどうして体の臓器に左右差が生じるのだろうかとインターネットで色々検索してみたら、面白いものがいくつか出てきた。

臓器の左右の配置と形を決める遺伝子〜日経サイエンス2006年6月号より | 日経サイエンス

https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/34/sc34-3.pdf

 

僕らの胚の中で「ノード」と呼ばれる組織の中にある繊毛が回転運動をし、それによって生じる水流(ノード流)というものが左右対称性を破るきっかけとなるらしい。

ちなみに、上のサイトにあったけど、その遺伝子を操作することで左右の後腸(人の大腸小腸に該当)の位置が逆転したハエを作ることに成功したとのこと。

 

それ自体にどういう意味が生じてくるのか、正直僕にはわかりませんが、このノード及びノード流が形成するものが脾臓とリンパ液の流れとどうにか関わってくるのかな。調べてみてもわかりませんでした。

 

どうして、人は局所的に痛みが出てくるのだろう。

ひとまずリンパ液に着目して、施術を考えてみたいと思います。

 

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自分の施術の特徴の考察 〜関節の詰まりと隙間を見つける〜

ご贔屓にしていただいている患者さんから僕の施術の特徴をうまく表現していただきました。

 

「先生は関節の隙間を見つけて施術するのが得意ですね。」

 

自分の施術の強みって何なんだろうとずっと考えていました。

人より強く揉むことに抵抗はない(強く揉むのが嫌いという人もいれば、強い刺激に対する拒否感など色々なセラピストがいます)し、人より強い刺激を入れられるとは思っています。

でもそれって本当に強みと言えるのかとも思いますし、患者さんの身体の反応から強い刺激を入れているだけであって、何でもかんでも強く刺激したいわけではありません。

 

個人的には誰よりも強い刺激と誰よりも弱い刺激ができる施術家になりたいと思っています。

 

「骨盤矯正」や「美顔鍼」など短く表現できる自分の施術の特徴がないことに戸惑いがあったのですが、今回指摘してもらった言葉に自信を持って「関節の隙間」を見つけるのが得意だと言っていけるように頑張りたいです。

 

「関節の隙間」って何なのかも改めて考えておきたいと思います。関節は骨と骨をつなぐ場所で、ドアでいう蝶番に当たるところです。

 

マッサージといえば筋肉をほぐすもので、酸素不足によって硬くなった筋肉に対し刺激を加えることで酸素ないし栄養を与え柔らかくするというイメージを持たれると思います。

僕の施術はマッサージを通して筋肉を柔らかくしますが、それとは別に動きの中で生じる不具合にも重点を置いています。

「動き」というのは「骨が筋肉や種々の膜によって動かされ、関節を通して力が体幹から抹消へ、また、末梢から体幹へ伝わっていく様子」をいいます。

関節には理想とされる動きがありますが、重力や食べ物、日常の動作などで固まってしまい、クセができて関節に偏り、強張りができます。

それは単純に筋肉をほぐすことで解消される部分もありますが、一方で、関節を動かすことでしか現れない筋肉の表情というのがあります。

 

骨も関節も筋肉も三次元で構成されており、立体です。

当たり前の話に思われるかもしれませんが、案外見落とされな部分であり、関節を動かすことでしか表出しない筋肉の硬さが存在し、それは動かさなければ感知できません。

 

関節の隙間に焦点を置く施術は他にもあります。関節のアライメントを調整するカイロプラクティックだってそういう施術と言えるかもしれません。(間違っていたら申し訳ありません。)

でも、マッサージや鍼をを起点としてそこに焦点を当てているのが僕の施術であり、だから患者さんに冒頭に書いた言葉をいただいたんだと考えています。

 

まだ考えが断片的だし他にも自分の特徴ってありそうなのですが、思いつきません。

とりあえずここで筆を置こうと思います。

 

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気管支喘息に手首のツボが効く!という考察

 

 

この症状にこのツボが効きます!

という謳い文句を、仕事柄よく耳にするというか、どうしても治療業界、しかも鍼の業界に携わっているとピックアップしてしまいます。

 

どの業界でもよく使われる言葉なんてのがあり、IT業界にいる人は違う謳い文句をよく耳にするんだと思います。

鍼灸の学生だった時や資格取り立ての時には僕もよくそれを参考にして施術していました。

 

ところが、年数を経て患者さんを診ていくようになると、この症状ならこれが効くはず!と思っているものが全く効かずに焦る。。。というシチュエーションは誰にでもあります。(逆になかったらすごい!)それでまた試行錯誤が続き、少しずつ施術家としての幹が太くなるというのが、施術家の現実でしょう。

 

船で働いていた時は持ってきた本も限られていたし、ネットの環境も限られていたので、自分で試行錯誤するしかありませんでした。

そういう中で考えていったのが「どうして気管支喘息に手首のツボが効くのか。」また、「どういう時に手首のツボは気管支喘息に効くのか。」ということです。

 

手足など末端にあるツボが首や肩、腰などの体幹にどうして効くのか。

全部とは言いませんがその理屈の大半は連動という概念で説明できると考えています。連動→連なって動く。(その全てのベースは呼吸と歩行だと個人的には考えています。)

末端と体幹が関係を持ちながら動きは成立し、末端は体幹体幹は末端へと力が伝わります。

つまり、手を振って前へ出ると、その力は前腕→上腕→鎖骨を経て体幹に伝わる。(上腕から胸郭というルートもあり。)

例えばスマホやパソコンのし過ぎで指の筋肉を使いすぎ、手首が内に捻られていたら、その内に捻られている力が鎖骨へ行き、体幹、特に上位肋骨へ伝わる。

肋骨が硬くなるということは、肺の動きも制限されてうまく呼吸ができなくなります。すると、元からアレルギー体質である身体であれば、喘息を引き起こしてしまうかもしれない。(アレルギー体質にならないように気をつけていれば喘息にはならずただの肩こりで終わるかもしれません。)

 

じゃあ全ての喘息に手首のツボが効くのかといえばそうではなく、「手首を内に捻る筋肉が硬くなり、上位肋骨の動きが悪い場合」に限るのではないでしょうか。

(それ以外でも条件しだいでは手首のツボが効くケースもありますが、それは手首と肋骨との別のつながりを説明しないといけないので今回は省略。)

 

これは勿論僕の考察であり、異論を唱える人もいるでしょう。でも、この症状にこれが効くと覚えるより、このツボはなぜこれが効くのかを考える方がどう考えても合理的だし、応用が効きます。

そうすることで、臨床で焦らなくてもいいように僕はなっていきました笑笑

 

これっていつも思うのですが、歴史の学習に似ているなと思います。ただただ人物名を覚えるだけじゃなくて、どうしてこの人物がこの時に出てきたんだろうというように。また、ソニーパナソニックが昔は白物家電を席巻していたのに、アップルがなぜ今世界中のシェアを伸ばせたのかを考えるように。

 

ツボの意味を考えることは世界の成り立ちの意味を考えるんじゃないか!

なんてたいそうなことを考える今日この頃です。

 

 

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