英国の、船上の鍼灸師の日記 the diary of acupuncturist on Great Britain, cruise ship

2012年から客船で鍼師として働いていましたが、2015年はイギリスで働くために有機食品の会社で働き、2017年からロンドンで再び治療家として働いています。治療のこと、クルーズのこと、食べ物のこと。色々綴っていこうと思います。

世界大会で日本や日本人を応援することへのもやもや

初めての天下一武闘会という名の世界大会 in London。
元職場の人がドイツのパラ代表としてトレーナーをされてて、お会い出来たのは非常に刺激になりました。
障害の関係で静かにしないといけないシーンがありましたが、こんなに静かな世界大会ってあるのかな。でも、その観客の、静かにしようという意識は、すごくぞっとしてとても感動的。
 
自分は日本人だけど、日本を窮屈に思ってしまうところがあるから船で働いたり、こうしてイギリスに来た訳ですが、そんな自分が日本や日本人を応援する?応援したい?のかなとか考えだすと、頭が少し混乱します。
周りからは考えすぎだと言われてますが、とても大切なことだと思うので考え続けます。
 
今回はパラでしたが、次はパラじゃないのも見に行きます。ゆうじおだに会えるかな。
 
 
I watched para world athletic in London!
We have to be quiet to consider the disables athletes.
I thought this is one of the most quiet world game.
But the conscious that we have to be quiet was really great and impressive.
 
One of the reasons why I worked on the ship and work in London is because I feel a little bit uncomfortable while I stay in Japan.
Is is right to cheer Japan and Japanese athlete for such a person? This feeling made me confuse.
I know I think too seriously, but it is very important issue for me. I need to continue to think.
 
This time was para but I will go the one not para.
I am looking forward it!
 

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土地に慣れていく

ロンドンに来て半年が経とうとしています。

 

半年、こちらの食べ物を食べ・排泄し、空気を吸い・吐き・染み込み、景色を見て・見られ、土地に馴染んできました。

 

すると、はじめは違和感を感じていたものが、感じなくなり、はたまた違和感を感じていたことをするようになりました。

 

トイレの汚さやウォシュレットがないこと、地下鉄の車内の新聞を回し読みすること、信号無視など。

特にネガティヴに感じていたことに対して、鈍感になっていくんだなとー自分の一面を面白がる自分がいます。

一方で感心するようなこと、例えばレディーファーストや自分の意見を主張すること(TPOにもよりますが)はまだまだ出来てないなとぁと半生です。

 

ネガティヴやポジティブとも違う、その国・土地の習慣なんてのもあるように感じています。

日本で言えば、列をなす時に整然と並ぶことや携帯電話で話すことを電車で禁止されてることなんかが挙げられるでしょうか。

住んでない人にとったら奇妙に写るものと言えばいいでしょうか。

 

イギリスの場合、私にとってその一つが「公園に寝そべること」でした。

夏で暖かいと、イギリス人(欧米全般かはわかりません)は寝そべります笑

 

ベンチに空きがあっても寝そべる人だっています。

1人でも複数でも、女性でも男性でも関係ありません。

1人で本を読んだり、みんなでピクニックのようなものをしています。

 

はじめはその光景がなぜか羊や牛のように見えてとても出来なかったのですが、自転車に乗り疲れて眠気が来ていた時に、躊躇ったものの、そこに混ざることにしました。

シートなどもなく、ただ公園の草むらの上に寝そべって、貴重品を握り締めながら、仮眠したのです。

 

そして目が覚め、目を開けて、自分の視界と同じ高さに人がいた時に(=みんな地面で何かをしている)、少しイギリスに馴染めたかもしれないと肌で感じました。

それは、自分がこの国の空気を吸い続けてきた証の一つのような気がして少し嬉しかったです。

 

自分が気づかないうちに、他にも少しづつ染まっていっているのかな。

 

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白鳥も寝そべります笑

カンタベリーでの不思議な体験

先日、カンタベリーへ行ってきました。大聖堂で有名な街です。

カンタベリー - Wikipedia

 

インターネットを探せば、見所、写真などがもう溢れるように出てくると思うので詳細は書きませんが、そこでの不思議な体験を記しておこうと思います。

小さいけれど、だからこそ、その小さなまま保存できているような綺麗な街でした。

ロンドンは大きすぎるからなのか、街の形があるけれども、新しい人を取り込むために増殖して行っています。

そのうねりはそれはそれとして面白いのですが、形を留めているのもまたいいものです。

 

不思議な体験は大聖堂に行った時のものでした。

大聖堂の地下にはcryptという地下室があり、祈りを捧げる場所として、写真を撮ったりや携帯で話したりすることは使えません。

cryptの真ん中にはマリア様の像があり、それを取り囲むようにして椅子が円形に並べられていました。

マリア様を正面にして、左側の列の前から2段目、一番右の椅子に座った時のことです。

 

なぜか私は昔にタイムスリップしたような感覚に陥って、中世(と言っても、何世紀とか詳細は全く分かりません)の濃い緑のマントを被ったある男の人になり、その人の目から、その時代の様子が入って来たのです。

今のように電気がない時代ですから、ロウソクだけがともされているためとても暗い。周りは人が多くて騒がしいのですが、みんな一様に熱心に祈りを捧げている様子がその男性の目から見えました。

 

そのヴィジョンだけが浮かんできて、私は2017年にいるのにも関わらず、その昔の風景を同時に見るという感覚。

それは、何かこの風景みたことあるなぁというデジャヴのようなおぼろげなものではなく、何度かデジャヴの感覚は味わったことがあります、もっと確固たるものというか、私?もしくはそのマントの男?はその風景を「見た」というものでした。

 

そういう体験をしたのは初めてだったので困惑すると同時に、体験という名前の事実は何よりも確かなものだと思うので、スピリチュアルでも何でもなく、私が呼吸をするように自然なものとして受け止め、この体験が私に起きた理由を考えられたらなと思っています。

 

イギリスに来てから、そういう似たような体験をすることが増えているように思えてなりません。

 

私はどこに向かって、何を成そうとしているのか。起きること、出会うこと、感じたことに逆らわずに捕われずに、流れて行こう。

 

 

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幸せだと思える時も、辛いなと思える・思えないぐらいしんどい時も、魔法がかかっていると思えるように。

今週のお題「もしも魔法が使えたら」

 

「魔法が使えたら」なんていう、「たら」は寂しいなぁ。

僕は、誰かが僕に魔法を使っていると思うからです。

 

ロンドンで鍼灸師とマッサージ師の仕事をしている今であったり、カリブ海に浮かびながら、地中海に浮かびながら、はたまた大西洋のど真ん中で浮かびながらであったり、患者さんの背中に鍼を打つ時に、「どうしてこの人に、今、鍼をしているんだろう。と不意に冷静になることがあります。

 

「マッサージならまだ可能性は低いかもしれないけれど、鍼を受けに来た人とは、その人と自分はどこかで会うことになっていたと思う。」とは、僕の先生の言葉です。

もう二度とその人に鍼を打つことはないのかもしれませんが、その人に私の鍼や施術を受けたということが記憶に残るように出来たらなと思います。

偶然を偶然と思うか思わないか、それをもう必然や運命と思っちゃうかは、本人次第で、運命なんて思えば、誰かが僕に魔法をかけたなと思う以外に、先の展開がありません笑

 

人の身体もそう思っていますが、人生も点・線・面で捉えられると思います。

点では何でもないことが、線となり、面となる。その線であったり、面であったことに気付いた時に、もしかしたら私たちはその出来事に対して「魔法がかかったみたいだ」と思うのかもしれません。

 

会社員になるまで鍼なんて受けたことがなかったのに、不意に鍼灸師になると決め、船で働くことになり、今イギリスで働いている。

会社員時代、その当時は毎日辛かったなぁと思い出すのもしんどくなりますが、その時代があったからこそ、今がある。辛い時は現状をみれませんが、その霧が晴れれば、振り返ることが出来る。

なんだったら、中学生や高校生の時にずっと考えていたことでさえ、今やっている仕事に繋がっているなと思うこともしばしばです。

平凡な言葉でしかないけれど、言われ慣れている言葉はだからこそ、普遍性があるんだろう。

 

魔法であるなら、魔法がいつかとける日が来るのかな。

でも毎日、なんで今この出来事が私に起こっているのかを考えれば、生活は魔法にずっとかかっているのかもなと思います。

 

僕への魔法は死ぬまでとけないものであって欲しいなぁ。

それを多分また来る、厄年的なものが来ても覚えて冷静になれますように。

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会えないと思ってたら会えた

人の縁の繋がり方って本当に不思議だなと思います。

 

こちらがこの人と気が合いそうと思って、思い切って声をかけても、あちらは何も思ってなかったり、そのまた逆もしかりなわけで。

 

船で治療をして、その時はイギリスで働くなんて思ってもいなかったのに、とりあえず番号やメールアドレスを交換した人がいます。

何人かはイギリス人だったのですが、5ヶ月ほどたって、もう会えた人もいれば、会おう会おうと言って、会えない人もいます。

 

そのうちの1人とは、メールで時々やり取りをしていて、「会えたらいいね」ととりとめのない会話の度にしていました。

「よかったら電話してきて。」と不意にメールに書いてきたので、心配になってメールを送ったり、電話をかけても応答がないことが多いので、少しイライラしながら、でも、お父さんを亡くした悲しみや彼女自身の状態を考えると、そこまで気が回らないのだろうと、頭に留めつつ、そのままにしていました。

 

ところが先日、私が送ったメールに対して返信があり、「明日所用でロンドンに行く。」という内容が書かれてあり、ちょうどその日は私は休みで用事もなかった。

 

これはもう会うしかないと急きょ会うことになり、エロスの像の近くで2時間ぐらい話をしました。

それまたメールと同じようなとりとめの内容で、でも、数年ぶりにみた彼女は思ったより、元気そうで、心の芯がくたっていないかと心配だったのですが、全然そうではありませんでした。

 

もう今は閉じてしまった、私が初めてこの鍼灸の世界を知ることになった、ある先生のブログに、

 

「人生の半分を過ぎたら、残りの時間は今まで会ってきた人のために使うべきだ。」

という言葉があります。

愛する奥様をなくし、失意の淵にずっと立たれておられた先生。

会ったこともない先生ですが、私はその先生がいたから、この世界に興味を持てたと思っています。

 

この言葉を大切にして、縁があって出会った人との再開を大切にしたいと思います。

 

また会おう、スーザン。

 

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彼女と会ったのは、大西洋横断中でした。

写真は横断中にいったアゾレス諸島での一枚。

 

天気と身体

ロンドンに夏が来た!

と先週・先々週は思っていたのに、今週からまた冬のような身体の芯に届く雨が降ったりして、ロンドンはなかなか登り調子で記憶が上がりません。

 

気温が上がると、血液の循環も実際よくなるからか、精神も巡るからか、比較的ポジティブにふるまえたり、明るくなれたりします。

 

でも、そういうスイッチが入りかけている時にこうして急に寒くなると、うまく表現できないのですが、気付いた時には心と身体が沈んでいます。

というか、沈んでいることに気づきました。

 

ロンドンに長くいる人にそのことを話すと、「天気の移り変わりで気分が変わってるようなら、この国ではやっていけないよ」と、一言。

 

ここにいると、天気に左右されない、強い気持ちを持てるかもしれないと思いました。

 

私は左右されやすい人間なので、一つの修行です。

 

今も晴れてるけど、夜は雨の予定。

自転車で行くか迷うところだ。。。(ちなみに昨日は帰りにかなり降られました汗)

 

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Winchester〜Queen Elizabeth Country Park〜Petersfieldへ その2

前回セブンシスターズへ行った時は、サウスダウンズウェイの東端だったので、最後easbpurneついた時に、winchester 100mileという看板を最後見つけましたが、今回はその逆を歩くので、eastborune 99mileという看板を見つけました。

100 mileのはずなのですが、その看板は見つけられませんでした。1 mileどこに行ったのかな笑

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そして歩き始めました。

グーグルマップによると、行程は8時間半なので、10時間後にとった電車のチケットに乗って帰れるはずだと余裕をもって歩いていました。(あとで、それは間違いだったと気づきます。。。)

 

まるで北海道にいるかのような、牧歌的でなだらかな坂が続く道をひたすら歩きます。

神戸出身の私にとって、坂といえば急なのが当たり前なので、このなだらかな道は気持ちいい一方、違和感もあります。

 

途中に、菜の花が見渡す限り咲いている場所をみつけたりと、本当に牧歌的だなぁと思っていました。

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牧歌的牧歌的と言い過ぎじゃないかと思うかもしれませんが、それもそのはず、"Southdawns way farmed landscape" という看板を何度も見つけたからです。

farmed landscapeってどういう日本語訳かなと思って歩いていたのですが、これこそまさに「牧歌的風景」なのか!と納得して、その看板を見るたびに、牧歌的だよなと心の中で牛のように反芻していました。

 

ちなみに、この牧歌的風景という看板は私にとってはショックで、つまりは山の厳しい自然風景はこのsouthdawns wayではみれないんだなと知ったからです。。。

次回はもうsouthdawnswayは歩かないでおこうと思った瞬間でした。

 

 

そんなことはさておき、牧歌的風景も、さすがにずっと続くとただの牛や羊がいる風景とかしてきます笑

しかも、どこでどう道を間違ったのか、グーグルマップで示されていた場所に時間通りにつかない。

 

帰って調べたらわかったのですが、グーグルマップで示されていたルートはいくつかあり、そこでvia southdawnsway サウスダウンズウェイ経由と示されたルートの時間を参考にして、今回時間を見積もったのですが、それは間違いだったのです。サウスダウンズウェイも使いますが、全てそれというわけではなく、サウスダウンズウェイを使いつつ、最短でQueen Elizabeth County Parkへ着くというルートだったのです。。。

 

お昼を1時過ぎに食べるまでは景色を楽しむ余裕もあったのですが、3時頃を迎え、自分のいまいる位置とゴールとの位置とのざっくりした割合を考えると、このままでは時間通りに着かないことを悟りました。

 

そこからは歩く歩く。

景色を楽しむ余裕は残念ながらほとんどありませんでしたが、唯一、途中にマス釣りをするための池があり、そこは本当に綺麗でした。

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6時を回ってくると、山に囲まれたところでは、日が暮れるもまだ明るいというような状況になってきます。

山道を歩いていると、街灯がないことに気づき、もしこのまま暗くなってしまったら、真っ暗の中を歩かないといけないという焦りが出てきました。

 

早く着かないと!この気持ちになると、火事場のクソじからが出るものですね笑

最後は足がつりかけていましたが、下り坂は軽く走ったりなどして、どうにかどうにか駅に着き、無事に予約していた電車に乗ることができました。

 

 

あーやれやれ。

疲れた。。。